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銭湯百景

/4 タイルに映る家族の力

開店20分前から常連客たちが続々と入り口に集まってきた

 <くらしナビ ライフスタイル>

     神奈川県鎌倉市材木座の「清水湯」は、旧鎌倉市街地で唯一の銭湯。近代日本の代表画家、黒田清輝のアトリエ跡地に建つ瓦屋根の建物は、1955年創業当時のまま。一時は廃業を検討したが、2代目が家族の協力を得ながら二足のわらじで営業を続けている。

     ●幼いころの思い出

     浴場内の天窓から明るい光が差し込む。中央に配置された浴槽奥の壁には金魚やコイが描かれた九谷焼のタイル。床のタイルは今は珍しい六角形。ところどころ補修されているのが形の違いからわかる。

    清水湯の浴場。「どの場所からでもすぐ湯船につかれるように浴槽を中央に配置するなど父はかなりこだわって作ったようです」と芳川みどりさん

     「ガスに変える20年前まで、子どものころから1週間分のまきを作るのが自分の仕事でした」。清水湯の2代目で神奈川県藤沢市在住の会社員、清水博士さん(58)は懐かしそうに振り返る。

    番台で客を迎えるみどりさん。「両親と一緒にここに座っている感じがします」=いずれも神奈川県鎌倉市の清水湯で

     清水湯は父庄次郎さん(享年73)が創業した。父は鎌倉駅前の魚屋の三男坊。長男が後を継ぎ、親に「好きなことをやりなさい」と言われて始めたらしい。「この商売なら家族みんなでやれると思ったんじゃないかな」と博士さんの妹の芳川みどりさん(56)は言う。幼いころから風呂の手伝いをしていたという2人。博士さんは小学校1年の時から、営業終了後に父と一緒に浴場内の掃除をしていた。夜遅いため翌日寝坊して学校に遅刻することもしばしば。3年生ぐらいまでは番台にも立った。

     ●常連に背中押され

     博士さんは大学卒業後、企業に就職。父はサラリーマンになることに反対したが、母が「風呂屋はいつでもできる」と父を説得してくれ、営業マンとして働いて36年になる。就職後も、仕事が休みの日は浴場内の清掃と温度調節など裏の仕事を担ってきた。妻光栄さん(55)も両親の手伝いに入り、長女(22)と長男(18)が幼いころは3人で番台に座っていた。「常連さんは子どもたちの成長を見ているんですよ」と光栄さん。毎週日曜の夜は、家族4人で浴場内の清掃に取り組んでいる。

     2001年に父ががんで亡くなってからは、母扶美恵さんが切り盛りしていた。その母も10年6月に心不全で急逝。80歳だった。亡くなる前日も普段と変わらず閉店まで番台で客を迎えていた母。店の正面に数日間「忌引」の張り紙をしていたら、ある日ポストにメモ書きのようなものが入っていた。達筆で、おそらく常連の高齢女性だろう、お悔やみと「ぜひ続けて下さい」という言葉が書かれてあった。博士さんは「ありがたかったけど、よしやろう、とは思わなかった」と明かす。両親が亡くなったのを機に廃業するつもりでいた。

     しかし、みどりさんは違った。扶美恵さんは亡くなる前「あと10年は頑張ろう」と口にしていたという。「兄にバトンタッチするまでは自分の役目だと母は考えていたと思うんです。私は兄へのつなぎ役をやろうと。母の思いを引き継ごうと思った。できなかった親孝行です」。みどりさんに「続けようよ」と言われた博士さんは、無理のない範囲で営業することを決断。同年7月に店を再開した。

     営業は基本的に火、木、土日の週4日で午後3~9時の6時間だけ。平日は妻とみどりさんに任せ、土日は自分が裏の仕事に入って番台の仕事を2人にお願いした。「妻と妹に感謝ですよね」と博士さん。

     清水湯の近くに住むみどりさんは、毎朝9時過ぎに銭湯裏の実家に「ただいま」と入って両親の仏壇にあいさつする。自宅でピアノ教室を開いているが、営業日以外も機械を動かしたり掃除をしたりするため、銭湯に毎日顔を出しており「今はどちらが本業かわからない」と苦笑する。「たぶん来たいんです。ほっとするというか、ここに来ると両親と一緒にいる気がするんですよね」。幼いころ扶美恵さんに抱っこされながら番台に座っていた会社員の一人息子(25)も時々掃除を手伝ってくれる。

     昔ながらの脱衣所には、常連客専用の棚がある。ビニール袋に入ったシャンプーやおけなどお風呂道具一式がズラリ。地域の人にとって、清水湯は「我が家のお風呂」なのだ。浴場内もそれぞれ「定位置」があるらしい。

     ●鎌倉にのれん残し

     県によると、鎌倉市内で営業している銭湯は現在5軒あるが、旧市街地は清水湯のみ。常連の田中千代さん(87)は近くの銭湯が廃業して以来、自宅から鎌倉駅まで徒歩約15分、駅からバスで約10分かけて足を運ぶ。「足と腰が悪くて、広いお風呂で足を伸ばしてゆっくりできるから気に入っている。ここまで来るのも運動になっていいのよ。お風呂友達に会えるのもうれしいの」とほほ笑む。

     「今一番の楽しみは、清水湯さんに来るのと近くの喫茶店でコーヒーを飲むこと」と話すのは創業当初から通う井駒富男さん(83)。「ここのご家族みなさんが親切で、人柄が好きで通ってるの。地域の人たちに好かれているんですよ」

     博士さんは平日は仕事、土日は風呂の仕事で休む暇がない。冬でも汗びっしょりになるほど風呂の仕事は重労働だ。毎回休みたいと思うが、愛情もある。「自分たちができるまでは一生懸命続けたい」と語る。みどりさんも「この建物は父と母の思い出。休みなく働いていた2人を誇りに思う。だから今頑張れる」。両親が残してくれたこの場所を、これからも家族で助け合いながら守っていくつもりだ。【川畑さおり】=次回は5月31日掲載

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