メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

藤原帰一の映画愛

アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル お行儀無縁の生々しさ 米白人社会の底辺観察

 トーニャ・ハーディング、覚えてますか? トリプルアクセルに成功してオリンピックにも出場したフィギュアスケートの選手なんですが、むしろスキャンダルによって知られる人といっていいでしょう。というのも、全米選手権でハーディングのライバル、ナンシー・ケリガンが膝を殴打される事件が起こり、その襲撃に関与した疑いからトーニャの元夫ジェフ・ギルーリーが逮捕されたからです。

     ジェフも、やがてトーニャ自身も司法取引に応じて、有罪答弁を行いました。自分で暴行を加えたわけではありませんが、元の夫が競技のライバルを痛めつけたわけですから、大騒ぎ。1994年当時、広く報道された事件です。

     どうしてそんな昔のことを映画にするのか。最初は疑問でいっぱいだったんですが、観(み)ているうちにこれは今のアメリカを描く寓話(ぐうわ)として見ればいいんだと気がつきました。その絵解きをしてみましょう。

     トーニャはオレゴン州ポートランドのごく貧しい家に生まれました。お母さんのラヴォナはウエートレスとして働きながら、娘をフィギュアスケートの選手にしようと頑張ります。実際トーニャは類い希(まれ)な才能を発揮してアメリカを代表する選手に育っていくんですから、これだけならアメリカンドリームを実現したサクセスストーリーになるところ。ただ、ここに大きな捻(ひね)りがある。トーニャもお母さんのラヴォナも礼儀作法とかフェアプレーの精神などとまるで無縁なんですね。周りの選手が身につけた色鮮やかなコスチュームと違ってトーニャのコスチュームはお母さんの手製。口も悪く、礼儀作法もなってないので、お行儀のよい他の選手のなかで目立ってしょうがない。ホワイト・トラッシュ、直訳すればゴミみたいな白人などと呼ばれるような白人貧困層の典型なんです。

     トーニャはお母さんの徹底した支配の下に置かれていますが、やがて母親に反抗を始め、お母さんの反対を押し切って、ジェフ・ギルーリーという男と付き合い、結婚する。お母さんの支配から逃げたかったんですね。ところが結婚相手のジェフが酷(ひど)い男で、トーニャに暴力を振るい続ける。最初は母親の、次は夫によるドメスティックバイオレンスの犠牲者です。

     トーニャがただの犠牲者なら通り一遍の映画で終わるところですが、主人公のトーニャは粗暴なお母さんと元夫に優に匹敵するくらい乱暴で、悪趣味で、自分勝手なんですね。で、しっかり自我はある人なのに、母親とか元夫とか、身近な人に頼り振り回される。キャラクターだけでも面白いドラマです。

     いつものハリウッド映画だと、みんな大きな家に住み、礼儀作法も弁(わきま)え、人種差別なんて論外。舞台がロサンゼルスやニューヨークなどの大都会ではなく中西部の地方都市だったら、互いに思いやる家族の結束はもっと強くなるくらい。お馴染(なじ)みのイメージですね。

     トーニャとその母、元夫は、そんな理想化されたアメリカとは正反対です。白人でありながらアメリカ社会の底辺にあって、富と教育に恵まれた人々とは別世界に住んでおり、お行儀の良いアメリカとはまるで無縁の存在です。他のフィギュアスケート選手のような恵まれたアメリカの人たちに立ち向かうには、ひたすら実力で圧倒するほかにありません。

     そのホワイト・トラッシュの空間を、社会の犠牲者として登場するのではなく、上から目線でバカにするのでもなく、不思議な動物を見るように観察するのがこの映画の特徴でしょう。監督のクレイグ・ギレスピーはオーストラリア出身のためか、どこかアメリカ社会を突き放して見るところがあるんです。綺麗(きれい)なお化粧をはぎ取った生々しいアメリカの姿をご賞味ください。(東京大教授)

           ◇

     次回は「ラジオ・コバニ」です。

    ■監督 クレイグ・ギレスピー

    ■出演 マーゴット・ロビー/セバスチャン・スタン/アリソン・ジャネイ/マッケナ・グレイス

    ■120分、アメリカ

    ■東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 損賠訴訟 男児頭部にレジ袋 葬儀会社相手取り遺族が提訴
    2. アメフット 日大以外の関東15大学が共同宣言
    3. 名古屋市 「名古屋に将棋会館新設を」 河村市長が意欲
    4. 登山 大城さん、エベレスト登頂 日本人女性医師で初
    5. アメリカンフットボール 悪質反則 「監督指示」 日大選手主張へ

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]