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号外愛媛文書 首相が否定「指摘の日会ったことない」
大岡信と戦後日本

父と教師たち/2 特異な思想環境が下地に

保田與重郎

 大岡信(まこと)の初期の詩に「朝の頌歌(ほめうた)」がある。1947(昭和22)年1月、15歳の時に作られ、「朝は 白い服を着た少女である」の1行から始まる。新鮮な朝の到来の情景を清らかな少女のイメージと重ねてうたい上げた作品は、次の4行で閉じられる。

     <やがて 人々は/霧のひそかな手に目覚めつつ/今日も生命の歓喜に満ちて/無限の歴史の連鎖の一環を作り出す>(引用は『大岡信著作集第3巻』)

     旧制沼津中時代の同人誌『鬼の詞(ことば)』6号(同年2月発行)に掲載した詩だ。最終行には、早くもこの詩人が後年深めていくスケールの大きな歴史観、世界観がうかがわれる。大岡は同年春、中学4年修了で旧制第一高に合格・入学し、さらに急速に詩の世界を拡大していくが、もう少し、それ以前の彼を育んだ環境を見ておきたい。

     まず重要なのは、歌人だった父、博(1907~81年)の存在だ。博は静岡・三島の地で小学校教員を務める傍ら、34年から歌誌『菩提樹(ぼだいじゅ)』(初めは『ふじばら』)を主宰し、窪田空穂に師事した。

     60年代末に最初は編集者として大岡に接して以来、親交の深かった評論家の三浦雅士さん(71)は、博が40年に雑誌『セルパン』3月号へ寄せた短歌に注目する。「冬日小閑」と題し、「阿部内閣退陣の日」と詞書(ことばがき)のある5首だ。

     三浦さんによると同年1月、阿部信行内閣が陸海軍の支持を失って総辞職し、翌2月には斎藤隆夫が衆議院で軍部を批判する演説を行い、3月に議員を除名されるという背景があった。「博の姿勢は反戦議員・斎藤の側に、当時としては危険なほどくみしていました」。博は戦後、三島市教組委員長、静岡県教組委員長を歴任する。「分かりやすくいえば、この父親は左翼でした」

     一方、『鬼の詞』を通じて大岡に、いわば文学の手ほどきをした中学の教師たちの存在も大きかった。「戦中派」に当たる教師たちは、保田與重郎をはじめとする日本浪曼(ろうまん)派から影響を受けた世代である。日本浪曼派の文学運動は、多くの青年層を戦争へ駆り立てたとして戦後批判を浴びた。三浦さんは、大岡が教師らから『コギト』のバックナンバーを与えられ、読んでいたと指摘する。

     「戦後の若者にとって、家族は右翼的な考え方で、実社会に出ると中堅以下の人々はみな左翼的だというのが一般的な環境でした。ところが大岡さんの場合は、家が左翼で、中学で右翼的な思想に触れるという逆の形になっています」

     実際、大岡の前後の世代には左翼運動に関わる経験を持ったり、左翼へのコンプレックスを抱いたりする者も多かった。ところが彼にはそれが全くないように見える。また、大岡は後に「保田與重郎ノート」(58年)を書き、三島由紀夫から激賞を受ける。この保田論は、戦後もっぱら保田に向けられた「最も悪質な右翼文士」といった非難とは違い、より内在的で根底からの批判を込めたものだった。あらゆるイデオロギーに距離を置き、冷静に対する大岡の姿勢は後々まで一貫していた。

     ただし、彼自身はそうした反イデオロギー的態度を、最も多感な時期に敗戦を迎えた自らの世代に共通の「ある特殊な感受性の状態」とも見ていたようだ。

     <精神のさまざまな現象に対して強い好奇心をもつ反面、ある特定の対象にファナティックに執着したり没頭することも本能的に嫌悪し、警戒心を燃やすのが、この世代の精神的特徴であろう。>(『たちばなの夢』)

     このように少年期の大岡は、ある種特異な思想的環境を通過した。それが彼の文学・芸術への見方を広く深いものにする下地となったのは確かだろう。【大井浩一】=毎月1回掲載します


     ■人物略歴

    やすだ・よじゅうろう

     1910~81年。評論家。奈良県生まれ。東京帝国大文学部卒。在学中から雑誌『コギト』の中心的存在として小説、評論を書いた。35年、亀井勝一郎らと雑誌『日本浪曼派』を創刊し、旺盛な批評活動を展開。ロマン主義の模索から日本の古典への関心を深めた。38年、『戴冠詩人の御一人者』で北村透谷賞を受賞。戦時中はナショナリスティックな傾向を強め、文壇をリードしたが、戦後は公職追放され、一身に非難を浴びた。その後は主に京都に暮らし、万葉集などの古典研究や美術史、文学史の著作を残した。主著に『日本の橋』『ヱルテルは何故(なぜ)死んだか』『後鳥羽院』など。

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