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デーリー通信

(17)ベーブ・ルースの孫が語る祖父と大谷

ベーブ・ルースの等身大の写真の横で笑顔を見せる孫のリンダ・ルース・トセッティさん=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

 「日本のベーブ・ルースだ」「ベーブ・ルース以来の記録」--。投打で活躍する米大リーグ、エンゼルスの「二刀流」、大谷翔平選手(23)が大リーグ入りを決めて以来、100年前に活躍した「野球の神様」の名前を何度も耳にする。今も語り継がれる名選手ベーブ・ルース(1895~1948年)。どんな人物で、子孫は今、大谷選手をどう見ているのか。米東部コネティカット州ダーラムに住む孫娘リンダ・ルース・トセッティさん(63)に会いに行った。

100年前に活躍した「野球の神様」

ベーブ・ルースの孫リンダ・ルース・トセッティさん(右)と夫アンディさん。リンダさんが持つのはリンダさんの母ドロシーさんを抱えるルースの写真だ=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

 4月22日、約束の時間に自宅を訪ねると、「レッドソックス」と書かれたTシャツ姿の男性が家の前で待っていてくれた。レッドソックスの大ファンだというリンダさんの夫アンディさん(64)。続いてリンダさんが満面の笑みで迎えてくれた。こちらは、ルースが誇らしげに牛にまたがる写真をプリントしたTシャツを着ている。

 リンダさんはルースの娘ドロシーさん(1989年死去)の四女。目元や口元がルースにそっくりだ。「おじいさんによく似ていますね」と話しかけると、表情を崩した。「私といると、ベーブといるみたいだと言われます。私はベーブの死後に生まれたのですが、笑い方もそっくりだって、祖父を知る人から指摘されるんですよ」

 リンダさん夫妻が住むダーラムはマサチューセッツ州ボストンとニューヨークの間にある。どちらも車で約2時間の距離。近隣の人はボストン・レッドソックスのファンとニューヨーク・ヤンキースのファンが半々だという。ルースもこの両チームでプレーした。リンダさんにお気に入りの球団を聞くと、苦笑いしながら1枚のシャツを取り出した。レッドソックスとヤンキースのロゴが半々になったユニホームだ。どちらか片方を応援すると、もう片方から批判を浴びることがあるという。

 「ポリティカリー・コレクトじゃなきゃいけないのよ」

 政治的・社会的に中立で、差別や偏見が含まれていないことを指す言葉だ。2016年の米大統領選では、言いたいことを言うトランプ大統領は、「何もかも中立的で差別につながらないよう配慮しなければならず、息苦しい」と感じる人々から支持を受けた。大統領選で何度となく聞いた言葉を、ここで再び耳にするとは思わなかった。

ベーブ・ルースが1934年に来日した時の写真を示す孫のリンダ・ルース・トセッティさん=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

「大谷からはルースと同じ野球への情熱が伝わってくる」

 お気に入りの球団について中立の立場を取るリンダさんだが、大谷選手が話題に上ると、「野球界は大谷のように何か違うことをする選手が必要です。彼は大旋風を起こせるわ」と絶賛した。ルースと大谷選手には共通点を感じるという。「大谷からは野球への情熱が伝わってきます。お金のためではない、最大限挑戦したいというのは、祖父も同じでした」

ベーブ・ルースの孫リンダ・ルース・トセッティさんの自宅に飾られた写真。ルース(前列中央)の向かって右隣が妻ヘレンさん、左隣がリンダさんの祖母ジャニータさん=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

 ルースは1914~35年に投手として通算94勝、打者として通算714本塁打をマークした。18年に記録した同一選手の2桁本塁打・2桁勝利は、今も大リーグで達成した選手はいない。当時は汗をかくと重くなる綿のユニホームを着用し、ボールは飛びが悪くなっても繰り返し使われた。用具や野球をする環境が進化した21世紀とは異なる時代に大記録を残した祖父を、リンダさんは「偉大だ」と誇る。そんな「野球の神様」も、20年にレッドソックスからヤンキースに移籍した後は、打者に専念するようになった。

 大谷選手は、果たして二刀流を続けられるだろうか?

 そう尋ねると、リンダさんは「今は(投手に代わって打席に立つ)指名打者制度があるので、二刀流は可能だと思います。『第2のルース』ではなく『偉大な大谷』として、名前を残せるかもしれない」とエールを送った。

ベーブ・ルースの孫リンダ・ルース・トセッティさんの自宅の壁にはルースが仕留めたというワニのはくせいがあった=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

野球がルースを救った

 リンダさんの自宅には、身長188センチだったルースの等身大パネルや、選手時代の写真、狩りが好きだったルースが仕留めたというワニのはく製などが飾られている。壁にある1枚の写真をリンダさんが指さす。大勢の人を背にして最前列中央にいるルースが、向かって左隣の女性と体を寄せ、ほほ笑んでいる。リンダさんの祖母ジャニータさんだ。ルースの妻ヘレンさんは、反対側に少し距離を置いて座っている。

 ルースとジャニータさんの交際は一部では知られていたようだ。ジャニータさんが産んだ娘をルースは養子として引き取った。リンダさんの母ドロシーさんだ。望んだものの夫婦の間に子どもはおらず、妻ヘレンさんは、養子として迎えたドロシーさんをかわいがったそうだ。

リンダ・ルース・トセッティさんの自宅に飾られた祖父ベーブ・ルースの写真=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

 ルースはドイツ系移民の両親のもとに生まれた。子どもの頃からわんぱくだったことで知られる。7歳の時には、全寮制のキリスト教系の矯正学校兼孤児院に送られた。そこで野球の才能を開花させたが、大リーガー時代もたびたび夜間に外出し、問題になったという。だが、リンダさんの見方は異なる。

 「祖父はADHD(注意欠陥多動性障害)だったようです。ワルだったわけではない。じっと部屋に籠もっていることは、監獄にいるようで耐えられなかったのでしょう」

 スポーツや芸術など、さまざまな分野で才能を発揮した偉人の中にもADHDだったと伝えられる人は少なくない。「野球がルースを救った」とリンダさんは言う。

ルースの孫リンダ・ルース・トセッティさんの写真ファイルにはルースが娘ドロシーさんと遊ぶ写真があった=米東部コネティカット州ダーラムで2018年4月22日、長野宏美撮影

大切なのはファンを愛すこと

 野球に救われたルースは、野球を救った。19年のワールドシリーズで起きた八百長事件「ブラックソックス事件」で球界への不信が高まる中、豪快な本塁打で野球人気を取り戻すことに貢献した。ルースが100年たってもファンに語り継がれるのは、選手としての実績はもちろんだが、「ファンを家族のように愛したから」とリンダさんは言う。ルースは、特に子ども好きだったことで知られる。リンダさんが祖父の写真を集めたファイルも、野球少年をはじめとする子どもたちに囲まれた写真が目立った。リンダさんは別れ際、こう大谷選手にアドバイスした。

 「大谷がルースのようになるには、ファンを愛することが重要です。特別なことをする必要はありません。『強打者の君、調子はどう?』と子どもたちに声を掛けるだけで、(その子にとっては)一生の思い出になると思いますよ」【長野宏美】

長野宏美

2003年入社。水戸支局、社会部、外信部を経て2015年4月から現職。社会部時代は警察庁や裁判員裁判などを担当。2008年の北京五輪を現地で取材した。元プロテニスプレーヤーで、1995年全日本選手権シングルス3位、ダブルス準優勝。ウィンブルドンなど4大大会にも出場した。

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