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チベット風景、鮮やか 探検家へディンの素描模写を発見 1908年の来日時作製、京大に60点

 シルクロード探検で知られるスウェン・へディン(1865~1952年)が1908年、チベットなどの第3次中央アジア探検の直後に学賓として招かれた旧京都帝大で公開したスケッチの精密な模写60点が約1世紀ぶりに京都大地理学教室で見つかった。へディンは生涯で4000~5000枚のスケッチを残したとされるが、まとまった数の模写は世界でも例がない。原画が失われたものもあり、世界的探検家の業績の全容を知る上で貴重な発見となった。【榊原雅晴】

     2014年初め、文学研究科の田中和子教授(人文地理学)が地理学教室の資料を整理していると、キャビネットから「中央アジア 地形風俗 模写」などと墨書された封筒2通が見つかった。すすけた封筒を開けると、異国の寺院や風景、人物を描いた水彩画やスケッチが無造作に挟まれていた。絵には西川純二、田中善之助ら4人の署名が。退職教授に聞いても由来は不明だったが、生き生きとした絵の魅力に背中を押され、地理学以外の研究者にも呼びかけて調査を始めた。

     「ヤク(チベット牛)に乗った民兵の絵をへディンの本で見た覚えがある」。池田巧・人文科学研究所教授(チベット言語学)の記憶を頼りに調べると、「トランス・ヒマラヤ」(1909~10年刊)などへディンの著書の挿絵と一致。署名の4人は創立間もない関西美術院の1、2期生と分かり、その後、京都の洋画界をけん引した優秀な画学生だった。

     15年11月にへディンの母国スウェーデンの民族学博物館で調査したところ、60枚のうち49枚の原画を確認できた。11枚の原画は失われていた。絵の大きさもぴったり一致し、原画から直接、模写されたものと分かった。

     へディンは日本に約1カ月間滞在し、東京で明治天皇に謁見するなどした。京都では講演会に合わせ108点のスケッチを展示。この原画を数日のうちに模写したとみられる。京都滞在中は地理学の小川琢治(たくじ)(湯川秀樹博士の父)、東洋史学の内藤湖南らが熱心に接待した。

     田中教授によると、へディンが訪れた地域の河川の流れなどを記述した清の時代の「水道提綱(すいどうていこう)」という漢籍を、漢学に造詣の深い小川が英訳し、その文をへディンが探検記に引用するなどの貢献もあったという。田中教授は「京都では人文系の学者との交流が多かった。学者や芸術家など異分野の人たちが垣根を越えて協力し合ったのはいかにも京都らしい」と話している。

     模写を原画と対照し、チベットでの調査を踏まえた報告書「探検家へディンと京都大学~残された60枚の模写が語るもの」(A4変型判、278ページ)が今春、京都大学学術出版会から刊行された。


     ■ことば

    スウェン・へディン

     スウェーデンの探検家。タクラマカン砂漠の古代都市・楼蘭(ろうらん)やトランス・ヒマラヤ山脈の発見、「さまよえる湖」といわれたロプノル湖の調査などシルクロード探検で知られる。

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