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質問なるほドリ

横山大観ってどんな人? 新風呼んだ日本画家 岡倉天心と活動=回答・高橋咲子

 なるほドリ 今年は「明治150年」で、明治時代に注目が集まっているね。富士山の絵で有名な日本画家の横山大観は、1868(明治元)年生まれだって聞いたよ。

     記者 はい。大観は水戸藩士の長男として生まれました。東京美術学校(現在の東京芸大)に1期生として入学。校長の岡倉天心に目をかけられ、実技で最高得点をとって卒業し、のちに同校の助教授に就任しました。

     Q 万事順調だったんだね。

     A そうでもないんです。校内の人間関係から追われるように学校を去った天心に追随し、大観も後輩の菱田春草(しゅんそう)らと共に辞職。いわば下野してしまいました。日本画改革を進める天心の下、美術団体「日本美術院」を設立し、さまざまな試みに取り組みますが、世間からは全く受け入れられませんでした。

     Q どんな絵を描いていたの?

     A この時期の大観の特徴を示す言葉の一つとして「朦朧(もうろう)体」があります。伝統的な墨の筆線を排して、色をぼかして大気や光を表現したり、描かれる人物の感情や理念を画面全体で表したりしました。理解できない怪しげなものという意味を込めて、「朦朧」の言葉が使われたのです。インドで見た情景と伝統的な画題を組み合わせた「白衣(びゃくえ)観音」や、ナイアガラの滝を描いた「瀑布(ばくふ)」のような奇想天外な作品があります。大正時代に描いた「生々流転(せいせいるてん)」は何と全長40メートルもあるんですよ。いずれも東京国立近代美術館で開催中の横山大観展(27日まで)に出品されています。

     Q どうして“巨匠”と呼ばれるほど認められるようになったの?

     A 個性を尊重する大正時代の気風が追い風となりました。やがて宮内省(当時)の仕事をするなど、国との関わりも増えていきます。このころ富士の絵を量産するようになり、戦後も描き続けたため「大観=富士」のイメージが定着しました。89歳で死去しましたが、絶筆も富士の絵だったんですよ。(東京学芸部)


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