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号外愛媛文書 首相が否定「指摘の日会ったことない」
サッカーW杯・レジェンドからの伝言

/4 布陣変え守備強化を 名良橋晃さん

1998年W杯フランス大会のアルゼンチン戦で、攻撃を防ぐ名良橋=藤井太郎撮影

名良橋晃さん(46)=DF1998年フランス大会代表

 1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会で予選から日本代表のDFの主力を担った。96年に2002年W杯日韓大会の開催が決まり、注目度が高まっていた時期。だが、日本はまだW杯に出たことがなかった。

     それだけに「出場経験のない国が開催国枠で出ていいのか」と重圧を感じ、「フランス大会の出場は逃せない」と必死だった。「予選はみんなではいつくばりながら一つになってプレーした。試合に出ていない選手も含めて一体感があった」。そして、初めて臨んだW杯では「相手うんぬんより、ひのき舞台でどれだけ自分らしいプレーができるか」を考えたという。

     しかし6大会連続出場の今は「出ることが当たり前」と思われがちで、結果が問われる。「違う意味でプレッシャーは大きいだろう」と選手らをおもんぱかる。

     今の日本代表には98年大会と同じ「3-4-1-2」の基本布陣を提案する。当時は、最終予選途中で岡田武史監督に代わってから4バックで戦い続けたが、本大会直前に3バックに変わった。左右のウイングバックが下がれば5バックで守れるシステムだった。「今の代表の4バックは守備面の手薄さが気になっていた。3バックは両サイドの運動量が鍵となるが、前線も含めて柔軟性をもって対応できる」。自身も予選時の右サイドバックから右ウイングバックに変わったが「あの時もやりにくさはそれほどなかった。戦術適応力の高い今の選手たちなら大丈夫」と見る。

     W杯直前の監督交代に「ハリルホジッチさんのサッカーが合う、合わないは別として、このタイミングであいまいな理由での解任は協会側の不手際もある」と指摘する。前回大会からの4年間は何だったのか。「しっかり(検証して)フィードバックしないと次につながらない。一番不安視しているのは『結果が出たから良し』となること。この問題をあいまいにしてはいけない」。日本サッカーを思うからこその叫びだ。【大島祥平】=つづく


     ■人物略歴

    ならはし・あきら

     千葉英和高から1990年に日本リーグのフジタ(現J1湘南)入り。94年にチームがJリーグ加入。97年から鹿島で右サイドバックとして活躍。国際Aマッチ出場38試合。98年W杯は全3試合に先発出場した。2008年に引退。千葉県出身。

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