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藤原帰一の映画愛

私はあなたのニグロではない 三つの時間を往還し、不条理訴える声が響く

 アメリカにおける人種問題を、第二次世界大戦後のアメリカ文学を代表する作家、ジェームズ・ボールドウィンを語り手として描いたドキュメンタリー。とはいえ、ボールドウィンが亡くなったのは1987年ですから、亡くなった作家が語り手というのはちょっと変ですね。そこにこの映画の工夫があります。

     ボールドウィンは、アフリカ系で、ホモセクシュアル。自分の肌の色のためにマイノリティーであることを強いられ、セクシュアリティーによってもマイノリティーにされてしまう。そこから、矛盾するさまざまな感情によって自分を引き裂かれたような独特の表現が生まれました。「ジョヴァンニの部屋」や「もう一つの国」をお読みになった方も多いでしょう。

     この映画は、ボールドウィンの未完の作品をもとにつくられています。公民権運動が高揚した60年代後半からさらに10年ほど経(た)った79年、ボールドウィンはマルコムX、キング牧師、そしてメドガー・エバースという3人の公民権活動家についての回想を本にまとめようという企画を立てました。公民権運動の時代が去り、アフリカ系アメリカ人の人権が確立されたはずの時代において、ほんとうにそうなっているのか、肌の色が違っても同じ国民として認められる時代が訪れたのか、暗殺された3人の活動家の軌跡を辿(たど)ることによって確かめようという試みでした。

     結局その本は完成せず、30ページほどの原稿しか残されていませんが、この映画では、残された原稿をサミュエル・L・ジャクソンが朗読し、それに公民権運動の時代からオバマ政権、さらに現在のアメリカの映像を重ね合わせるという、たいへん独特な方法を用いています。30年前に亡くなった作家の声が聞こえてくるような映画です。

     ここには三つの時間が流れています。ひとつは、回想を通じて語られる、50年代から60年代の公民権運動の時代です。ボールドウィンは公民権運動の指導者マルコムXともキング牧師とも個人的に知り合いでしたし、彼自身も有名なエッセー「次は火だ」に見られるようにアフリカ系の知識人として積極的に社会的発言を続けました。運動への反発も強く、ここで紹介されたエバース、マルコムX、キング牧師の3人ともが殺されてしまいます。

     もうひとつの時間は、80年代。映画のもととなった作品をボールドウィンが書いた時代ですね。公民権運動によって人種関係が変わる兆しは見えながら期待された変化は生まれず、人種による分断がアメリカ社会を引き裂いたままになっている。その空(むな)しさ、砂を噛(か)むような思いがボールドウィンの文章に滲(にじ)んでいます。

     最後の時間は、ボールドウィン逝去から30年を経過した2017年、つまりこの映画がつくられた時代。もちろんボールドウィンはこの時代を経験してはいませんが、バラク・オバマというアフリカ系の大統領まで生まれながら人種の違いによる差別と偏見が厳しく残されている光景が画像によって示されています。

     映画ではボールドウィンの言葉をサミュエル・L・ジャクソンが読むわけですが、その朗読は演説におけるボールドウィンの声とはだいぶ違う。人に向かって話す言葉ではなく、心のなかに聞こえる言葉と言えばいいでしょうか。ボールドウィンは、政治的にはキング牧師のような非暴力抵抗に訴えることも、またブラックパンサーのように武力闘争に与(くみ)することもせず、肌の色が黒いアメリカ人という存在のもたらす不条理をひたすら語り続けました。その声が、差別が過去のものとなったはずの現在に届き、響きわたる。深い悲しみを湛(たた)えた作品です。(東京大教授)

           ◇

     次回は「ファントム・スレッド」です。

    ■監督 ラウル・ペック

    ■出演 サミュエル・L・ジャクソン(語り)/ジェームズ・ボールドウィン/キング牧師/マルコムX/メドガー・エバース

    ■93分、アメリカ・フランス・ベルギー・スイス合作

    ■東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・テアトル梅田ほかで公開中

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