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余録

正岡子規が親友の夏目漱石を東京・牛込の自宅に訪ねた時のこと…

 正岡子規が親友の夏目漱石を東京・牛込の自宅に訪ねた時のこと。近所の田んぼに植えられたばかりの苗が風にそよいでいる。初夏のころであろうか。自然の中で育った子規には心地よい風景だ。その話を漱石に伝えてもなぜかかみ合わない▲理由を知って子規は驚く。「漱石は我々が平生(へいぜい)喰(く)ふ所の米は此(この)苗の実である事を知らなかったといふ事である」(墨汁一滴)。都会人の漱石と地方から上京した自分との違いを痛感する。今はさすがに漱石のような都会人はめったにいない▲とはいえ日本人のコメ離れは進む。政府は減反を今年から廃止し、産地が自ら生産量を決めるよう促す。産地間の競争は激化するばかりだ。ひゃくまん穀(ごく)(石川)、くまさんの輝き(熊本)、新之助(新潟)……。新品種が続々と登場し、都会の消費者にアピールする。生産者は必死だ▲はやりの「攻めの農業」からすれば、当然の流れだろう。一方で、競争に敗れた地域の稲作が廃れていくのならやりきれない。コメも商品の一つではあるが、稲作は日本の大事な文化だからだ。売れる、売れないだけでは測れない価値がある▲豆と麦の区別さえつかないことを「菽麦(しゅくばく)を弁ぜず」という。愚かなことの例えだ。子規はそんな都会人への処方箋として「鄙(ひな)住居(ずまい)」、つまり田舎暮らしを一度はしなければならぬと「墨汁一滴」に記した▲消費者がブランド米の名を知っていてもコメのありがたみが分かるとは限らない。子規なら、今こそ鄙住居を勧めるかもしれない。

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