メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

インタビューに応じる光岡自動車の光岡進会長

レトロな外観が人気に

 今年で創業50周年を迎えた光岡自動車(富山市)。主力の輸入車や中古車の販売事業で経営基盤を固め、1996年には国内10番目の乗用車メーカーとなり、クラシックカーやスポーツカーなどを自社製造する開発車事業に乗り出した。創業者の光岡進会長に50年を振り返ってもらうとともに今後の展望を聞いた。【聞き手・竹地広憲】

     --この50年はどうでしたか。

     ◆高校を出てから大手自動車の地元の販売会社に勤めました。そのうちに自分で会社を作りたいと思い、68年に農家の馬小屋を借りて創業。自動車整備工場から始め、中古車販売も手掛けました。一方、中学時代から模型飛行機作りが好きで車作りにも興味がありました。90年以降、車の量産に必要な「型式認定」を取って自動車メーカーとして認められるよう運輸省(現国土交通省)と長い交渉を続け、メーカーの仲間入りができました。

     --事業全般はどんな状況ですか?

     ◆現在発売しているオリジナルカーは4車種で年間約500台を生産、その半数以上をレトロな外観が女性に人気の小型車「ビュート」が占めています。ただ開発車事業は全売り上げの約7%。メインは輸入車と中古車の販売です。近年は経営者などにイタリアの高級スポーツカーのランボルギーニなどを多く買ってもらっています。

     --事業の課題は?

     ◆海外進出には苦労しています。2011年にタイに工場を設けましたが、新興国ではクラシックなデザインが思ったほど受け入れられず5年で撤退。損失は大きく、高い授業料となりました。しかし、今後も東南アジアを中心に販売協力者を探し、市場拡大に向けて挑戦を続けます。

     --昨年12月に日本自動車研究者ジャーナリスト会議(RJC)の「RJCパーソン オブ ザ イヤー」を受賞しました。

     ◆最初は「間違いでは?」と思いました。メーカー入りを果たし50年も商売を続けてきた私を評価してくれたのだと思っています。

     --光岡自動車のキャッチコピー「小さな工場には、夢がある」の原点は?

     ◆独立後は「明日からどう食べていくか」が目標でしたが、「いつかメーカーに」という夢は諦めませんでした。失敗や成功を繰り返し、目標を達成して段階を重ねていけば夢を実現できる、という思いを込めています。

     --今の夢は?

     ◆発売中の4車種はベースとなる車両を大手自動車から購入し改造しています。型式認定を最初に取ったスポーツカー「ゼロワン」のようにエンジン以外のほとんどを自社製造した車を再び発売するのが社員共通の夢。最近は遅れていたインターネットによる宣伝にも注力。ネットで光岡自動車を世界に発信し、ファンを増やしたいですね。


     ■人物略歴

    みつおか・すすむ

     富山県立富山工業高卒。地元の自動車販売会社勤務を経て1968年に光岡自動車工業を個人創業し、79年に光岡自動車を設立。2002年から現職。富山県出身。79歳。

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 毎日世論調査 アメフット、日大説明「納得できる」1% 
    2. 自民・萩生田氏 「男が育児、子供に迷惑」 持論を展開
    3. モリカケ問題 政府答弁は論点のすり替え? ネットで話題「ご飯論法」
    4. 毎日世論調査 加計問題、首相説明「信用できない」70%
    5. 森友 音声データに残る発言 交渉記録からなぜ欠落

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]