メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

100年カンパニーの知恵

ほまれ酒造(福島県)/上 感謝の酒蔵祭り

約6000人が集まった「会津ほまれ 春の酒蔵祭り」=福島県喜多方市で4月22日

 <since 1918>

    飯豊山の伏流水 会津の誉れに 市場開拓へ挑戦

     4月22日。福島県喜多方市にある「日中線記念自転車歩行者道」のしだれ桜並木は満開を迎え、多くの観光客でにぎわった。1984年、旧国鉄日中線の廃線に伴い専用道を整備、市民が約3キロにわたり1000本を植樹した。この喜多方の地で創業100年を迎えた「ほまれ酒造」でも、5回目となる「春の酒蔵祭り」が開催され、過去最多となる約6000人が訪れた。県内外からのほか、海外からの訪問客も目を引いた。

     酒造業界全体が抱える日本酒の消費量減という課題に加え、東京電力福島第1原発事故による風評被害がある。4代目として蔵をけん引する唐橋裕幸社長(45)は「これだけのお客様に集まっていただけることがありがたい。次の100年に向けて頑張りたい」と拳に力を込めた。

     喜多方で米問屋を営んでいた唐橋家が卸先の造り酒屋の業務を譲り受けて加納酒造を設立したのが1918(大正7)年。山形、新潟、福島の県境にある飯豊山(いいでさん)の伏流水を存分に使った「仕込み水」は、江戸時代からみそ、しょうゆなどの醸造業と酒蔵を育ててきた。21年に本社工場を設立して唐橋酒造場と改称した。

     戦後間もない49(昭和24)年、ほまれ酒造を設立。「会津の“誉れ”」となるように「会津ほまれ」のブランドで県外にも販路を広げた。ピーク時の89年には約9900キロリットルと東北でも3番目の出荷量を誇った。だが、嗜好(しこう)の変化や国内市場の縮小で、日本酒の国内出荷量は98年の113万キロリットルから2008年の66万キロリットルとわずか10年で半減し、さらに原発事故による風評被害が追い打ちをかける。

     「市場は無限にある」。米国留学を経て、11年に4代目に就任した裕幸社長の信念だ。商品開発と海外展開。新しい挑戦が始まった。【河嶋浩司】

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 松尾貴史のちょっと違和感 新潟女児殺害 2次被害に無神経なメディア
    2. 葉山3人死傷ひき逃げ 懲役11年判決…横浜地裁
    3. 漫画喫茶殺人 フロア内追い回し刺す 名古屋
    4. 訃報 朝丘雪路さん82歳=女優、歌手、舞踊家で活躍
    5. 原爆投下時の映像 長崎きのこ雲の背後に黒煙 各地で空襲

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]