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サッカーW杯・レジェンドからの伝言

/6止 強い意志が結果生む 井原正巳さん

井原正巳さん
1998年W杯フランス大会のクロアチア戦で相手選手に向かう井原(左)=藤井太郎撮影

井原正巳さん(50)=DF 1998年フランス大会代表

 日本代表が初出場したワールドカップ(W杯)フランス大会に主将として臨んだ。初戦のアルゼンチン戦のピッチに立った瞬間、「これを目標にいろんなものを犠牲にしてきた、という思いが爆発した」という。

     チームは大会を通じて最終ラインから前線までコンパクトに保ち、強豪のアルゼンチンやクロアチアを苦しめたが、ゴール前で一瞬のチャンスやすきを逃さないといった「最後の(部分で)違いを一番感じた大会だった」。1点差の3連敗で1次リーグ敗退に終わり、「世界の壁を感じた」と振り返る。

     当時の代表メンバーで「ドーハの悲劇」を経験したのは中山雅史(J3沼津)と2人だけだった。1993年10月28日にドーハで行われた94年W杯米国大会アジア最終予選第5戦のイラク戦で、勝てばW杯出場が決まったが、ロスタイムに追い付かれて2-2で引き分けた一戦。フランス大会では「初出場した満足や心のすきがあり、勝負にこだわる姿勢が足りなかったのかな」という反省も残る。それでも、W杯初出場で「日本サッカーを初めて世界にアピールできた」との自負もある。大会後に中田英寿がイタリアに移籍するなど、若手が次々と海外挑戦するきっかけとなった。

     日本にとってW杯出場が最大の目標だったフランス大会当時と比べ、現在は周囲の期待度も「W杯は出て当たり前で、目標は決勝トーナメント進出」に変わった。世界トップリーグでプレーする日本選手も増えて「日本の選手の経験値も上がり、技術や戦術、フィジカルも進歩している」と評価する。

     ただし、日本はW杯6大会連続出場とアジアでは確固たる地位を築いたものの、W杯での決勝トーナメント進出は2002年日韓大会と10年南アフリカ大会の16強2回のみ。日本代表に向けて「決勝トーナメントに進出しないと目標達成ではない、という強い意志がないと、結果はついてこない。初戦が大事」と助言を送る。主将としてW杯の扉を開いた男は、新たな歴史の始まりを期待している。【佐野優】=おわり


     ■人物略歴

    いはら・まさみ

     筑波大から日産(現横浜マ)入り。磐田、浦和を経て2002年に現役引退。「アジアの壁」の異名を持ち、日本代表で歴代2位の122試合出場で5得点。15年から福岡監督。滋賀県出身。

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