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日本ワタシ遺産

登録No.38 高鍋大師(宮崎県高鍋町)

写真・半田カメラ

写真・文 半田カメラ

これは、大仏写真家である半田カメラが、一般的に知名度は低いが素晴らしい!という国内の異空間スポットを、勝手に日本ワタシ遺産に登録、紹介するという、とても個人的で偏った企画です。

「つくらずにはいられない」あふれる情熱

世の中には「つくらずにはいられない人」というのが存在していて、私はそういう人を無条件でリスペクトしてしまいます。自分はそこまで情熱的になれないからです。人からみれば私も「巡らずにはいられない人」と思われているのかもしれませんが、私はただカメラを持って傍観しているだけ。残念ながら自ら何かをつくり出すほどの情熱や信仰心は持ち合わせていません。ですから、つくらずにはいられないその情熱は一体どこから来るのか知りたいし、そのあふれんばかりの情熱に圧倒されてみたいと思うのです。

写真・半田カメラ

そんな私が高鍋大師の存在を知ったのは、ある本で見た一枚の写真でした。体は細長く、腕はカクカクしていて、石でできたトーテムポールといった風貌のその石像には「十一めんくわんのん」という文字が彫られています。十一面観音のことなのですが、私の知っている十一面観音とは似て非なるものに思えました。通常は怒りも含めさまざまな表情をしている頭上面は、全て高らかに笑っています。そのすがすがしいまでの突き抜けた造作に、最初の印象はまさに「何これ?」でした。その時はそれだけで、さして気にとめなかったのですが、後になって「この場所には同じような石像が無数に並んでいる」という事実を知り、これは尋常ではないと思いました。想像しただけでもその光景には震えます。そして、長年気になっていたその高鍋大師に、今月やっと行くことができたのです。

写真・半田カメラ

宮崎県の中央部に位置する高鍋町。町外れの小高い山の上に目的の高鍋大師はあります。その日、宮崎空港に降り立った私は、レンタカーを借り、すぐさま高鍋町へと向かいました。国道を走っていると一瞬、高台の上にそれらしき石像がチラリと見えましたが、またすぐに見えなくなり、そこからしばらく石像の姿をキョロキョロと探しながら山道を迷走しました。森の中に入り、本当にこの道で合っているんだろうか……と不安になってきたころ、急に明るく開けた場所に出ます。車を降りてみると、そこは町を一望する絶景の高台で、いつの間にか目的の石像群の背後にまわっていた、ということに気付きました。

写真・半田カメラ

本来ならば入り口からテクテクと山を登り、八十八カ所の石仏を巡りながら徐々に気持ちを高め、山を登りきったところでメインの大きな石像群と対面すべきでした。それが石像の背後に突然降り立ってしまった私は、あらゆるものをすっ飛ばし、いきなりクライマックスを迎えてしまったようなもの。突然大きな石像群の中に身を置いて、アッチもすごい!コッチもすごい!と、テンションが一度そこで振り切れました。とりあえず撮っておかねばと、しばらくカメラのシャッターを切りまくり、少したちやや冷静になってきて、やっとひとつずつ石像を見られるようになったという……それぐらいの光景がそこにありました。

写真・半田カメラ

具体的にどうすごいのか。まずおびただしいまでの石像の数です。もちろん数えたわけではありませんが、聞くところによればおよそ700体もの石像がこの一帯にはあるそうです。そして大きいものは7メートルを超える見上げる大きさ。それらが並ぶ様はまるで古代遺跡のようです。

写真・半田カメラ

像の作風はリアルなものもありますが、特に大きいものは写実的とは言い難い、荒々しいまでの素朴なつくり。そこにはうまくつくろうとか、面白くしようなどといった作為的なものは一切感じません。むしろ素直な情熱や思いが伝わってくるように思えるところが不思議な魅力です。そして何より、それらの多くが笑っているし、造形が可愛らしい。単純に元気をもらえます。

写真・半田カメラ

そしてさらにすごいのが、これらの700体の石像のほとんどは、ひとりの人物によってつくられたということです。岩岡弘覚(こうかく)=本名・岩岡保吉=という人物です。岩岡さんは香川の生まれで、7歳の頃に高鍋に移住しました。19歳で精米業を開業し成功をおさめ、29歳で四国八十八カ所を巡ります。その頃、高鍋町一帯に広がる持田古墳群には盗掘事件が続発しており、岩岡さんは何とかしたいという思いからでしょう、私財をなげうって古墳群の一角を買い求め、八十八カ所の石仏を造立します。これが1933(昭和8)年、岩岡さんが44歳の頃のことです。

写真・半田カメラ

精米業はつづけていたのですが、61歳の時に妻を亡くしてからは、高鍋大師に建てた、写真の大師堂に移り住み和尚となります。そして87 歳で亡くなるまで、地元の人々の力も借りながら、もくもくと石像をつくりつづけるのです。超人的にパワフルな人物です。

写真・半田カメラ

例えば、無数にある石像の中でもかなり大きく、人々の目を引くこちらの像「カゼのカみ」。これは岩岡さん晩年の作で84歳の頃につくられたものです。80歳を超えてなおこんな大きな像がつくれることに驚きを隠せません。同じ頃につくられた、これと対を成す「カみなり」という像もあり「岩岡版の風神、雷神」であると思われます。像に彫られた文字は岩岡さんが残したもの。なぜか平仮名とカタカナ交じりの表現が、カタコトの日本語を話す外国人のようで、像のロボットのような造形もあいまって、ダブルの可愛らしさをかもし出します。

写真・半田カメラ

「高鍋大師」というぐらいなので、多いのは大師像ですが、不動明王像もそれに匹敵します。特に大きく個性的なのがこちらの「百たいふど」百体不動でしょうか。左脇に子供を抱いた子供の守り神ですが、お不動さまの目にはガラスの器、子供の目には電球を埋め込むという、生活に根ざした素材利用。もはや石彫であるという概念もここには存在していないような、その自由さに脱帽です。

写真・半田カメラ

自由という意味で言えば、ここには「みとこモん」もおられます。言わずもがな水戸黄門さまのことです。黄門さまの胸には「人を たすけ まわる」と刻まれており、横には「すけサん」「かくサん」も並びます。そこにルールなどありません。岩岡さんにとっては、人を助けるものであれば神や仏でなくても全てが創作の対象だったのでしょう。全てを受け入れるような懐の深さとおおらかさを感じます。ちなみにこれは岩岡さんが86歳の作です。

この頃には、古墳とそこに眠る先人の慰霊のため石像をつくる、岩岡さんの偉業は知られるようになり、県の観光協会から表彰されます。そしてその翌年、岩岡さんは風邪で入院し、眠るように永眠されたそうです。岩岡さん亡き後も、高鍋大師は地元の方々に守られ、「十一面くわんのん」をモデルとしたゆるキャラまでつくられています。

写真・半田カメラ

世の中には本当にすごい人がいるものです。ひとりの人物がその半生をかけてつくったのですから、こんな短い文章で説明などしきれません。ぜひ機会があれば行ってみてください。

私にはこんな情熱も財力も人望もありませんが、岩岡さんが石像をつくりはじめたのは44歳の頃。とすれば、やる気さえあればまだ間に合います。ありあまる情熱で「つくらずにいられない」という人生を送ってみたい方、こんな生き方はいかがでしょうか。もしかしたらまだ間に合うかもしれません。

参考文献「へたっぴんの美学」みやざき文庫

半田カメラ

雑誌や広告などの撮影が本業の女性カメラマン。趣味で日本中を旅するうち異空間的風景にハマり、巨大な仏像に夢中に。とうとう大仏写真家として開眼。初の大仏ガイド本「夢みる巨大仏 東日本の大仏たち」が書肆侃侃房より絶賛発売中です。詳細はこちらよりお願いいたします。

http://www.kankanbou.com/kankan/item/855

Website「恋する巨大仏」

http://handa-camera.wixsite.com/kyodaibutsu-in-love

Blog「気になったら とりあえず行ってみるブログ」

http://ameblo.jp/handa-camera/

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