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南光の「偏愛」コレクション

人形浄瑠璃文楽 首担当・村尾愉さんとのトーク拡大版

人形の手足は人形遣いの自前だが、特殊なものは劇場で制作することもある。村尾愉さん(左)と桂南光さんが手にするのは鬼の手=大阪市中央区で2018年4月25日、菅知美撮影

 喜怒哀楽の繊細な感情を表現する人形浄瑠璃文楽の首(かしら)は、国立文楽劇場に勤務する職人さんの手で、守り、作られています。文楽ファンの桂南光さんは、今回初めて職人さんの仕事場を訪問。劇場の首担当・村尾愉(たのし)さんに、その仕事の喜びや苦労を聞きました。【構成・山田夢留】

    【首担当のお仕事】

    かしらを削る村尾愉さん(右)と桂南光さん=大阪市中央区で2018年4月25日、菅知美撮影

    桂南光 首担当ってどういうお仕事なんですか。

    村尾愉 基本的には舞台前の準備です。汚れを落として、演目が変わる度に役が変わるので、それに応じて色を塗り替えたり化粧を直したりします。首と手足とですね。

    南光 首は大江巳之助(みのすけ)さんが作られたものがほとんどなんですよね。新しく作る場合はどうするんですか。

    村尾 僕が作ることもありますし、人形遣いさんが外注されて外部の作家さんが作られることもあります。新作のお芝居で、劇場の首で見合った物が用意できない時には一から作ります。最近ですと、2014年に東京公演でシェークスピア作品を下敷きにした新作があって、主役の「不破留寿之太夫」(ふぁるすのたいふ)を作りました。

    南光 ほー、面白い首ですね。

    村尾 桐竹勘十郎さんが遣うことになっていたので、デザインの段階から相談して作りました。からくりをできるだけ多く仕込んでほしいとのことで、目、口、眉だけでなくヒゲも動かせるようにしました。ヒゲが動いたのは初めてじゃないでしょうか。顔は新しいデザインですが、基本的には性根(しょうね)の組み合わせなので、モンタージュ写真みたいに性格を入れ込んでいくんです。この首は、助平で酒飲みで女たらしで大ボラふきで。ええとこなしなんですが、ただ、憎めないというキャラクターです。

    南光 それが全部出てますよね! 今、聞いた性格が首見ただけでわかります。

    村尾 一つの役でしか遣わない首を「一役首(がしら)」と言います。これもそうだったんですが、今年、狂言風オペラ「フィガロの結婚」で「伯爵」として遣われることになり、床山さんが古典風に髪形を変えてくれました。それで、一役首ではなくなりました。

    南光 文楽の歴史に残る首ができたってことですよね。

    村尾 あるお芝居のために作って舞台にかけたら評判が良くて、それが後世に残ってきているので、首には初演当時や当たり役の時の名がついてるんです。「文七」は「雁金文七」(「男作五雁金(おとこだていつつかりがね)」)、「団七」は「団七九郎兵衛」(「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」)などですね。

    南光 「団七」とかを新しく作ることもあるんですよね。

    村尾 あります。大阪、東京の主催公演だけでなく、その間にもたくさん公演があって人形がバッティングすることもあるので、そういう場合は新しく作ります。

    【我を捨てる】

    性根が「泣き」の老女方(右)の首にはネムリ目の仕掛けがつくが、「笑い」の娘にはつかない=大阪市中央区で2018年4月25日、菅知美撮影

    南光 作る人に似るということもよく言われますけど、どうなんですか? 逆にお能の面みたいに、見本に似せようとするんですか。

    村尾 今のうちの人形は、いうならば、大江巳之助流ですね。戦災でほとんどの人形を焼失し、戦後の復興時に改めて規格統一して、今のバランスの取れたものになってます。人形遣いさんが舞台で構えて初めて命が宿るものなので、その前に我々の「我」が入ると舞台の邪魔になる。だから首を制作する際は、その「我」を取り除いていく作業っていうのをするんです。

    南光 でも、絶対入るでしょう。どうやって取り除くんですか。

    村尾 9割方できたところで、いったん見えんようにしまっとくんです。忘れるように。ずっと見てると目が慣れてしまって、例えば一番大事な中心線がいがんでても気が付かない。忘れた頃に出してきたらわかるので、修正する。それを何回も繰り返すのが、我を捨てるという作業です。だから、できれば半年や1年かけて作りたいんです。

    南光 女性の顔が自分の好みになるなんてことはないんですか。

    村尾 どうなんでしょう(笑い)。師匠クラスになると、自前首をお持ちです。瓜実顔(うりざねがお)が好きな人もいれば、あごがぴっと張ってちょっと強そうなのがお好きという方もおられます。大江巳之助師匠は、そういう人形遣いさんの注文を聞いて作っておられました。

    【首の「性根」】

    首の内部には目や口を動かすからくりが仕込まれている。使われているのはセミクジラのひげ=大阪市中央区で2018年4月25日、菅知美撮影

    南光 「性格」ではなく「性根」というのが面白いですね。

    村尾 たとえば娘の性根は「笑い」です。10代の結婚前の女性で、世間のことあまり知らない、箸が転がってもおかしい年ごろですね。ちょっと口角をあげてうっすら笑った顔にするんですが、舞台の上で泣かなあかんこともあるので、一番何も考えていない中間の顔にします。

    南光 でもどっちかというと、口角が上がってるんですね。

    村尾 それが年を重ねて老女方(ふけおやま)になると、今度は性根が泣きになる。口角を下げて、ネムリ目の仕掛けを作ります。そうすると、目が一段奥に引っ込むので、まぶたの影が瞳に落ちて、さらに憂いを醸し出す。娘はどっちかというと出目なんですね。そうすると瞳に光が入って表情が明るくなる。

    南光 はあー!! すごい、すごい!

    村尾 何でも仕掛けつけて動かしたらええと思って、ネムリ目を娘に付けてしまうと、笑いの性根が薄くなってしまうんです。ただ、「曽根崎心中」のお初さんに遣う娘の首にはネムリ目がついてます。悲劇のヒロインなので。

    南光 その微妙な影が憂いになるんですね。すごいなあ。人間でも、あの人は性根が悪いからな、というと、性格よりもっと人間性を表現しますよね。

    村尾 まさに芯の部分ですよね。

    【「就職」のはずが「弟子入り」】

    南光 やっぱり村尾さんは、若い時に文楽見て好きになってこの仕事に?

    村尾 いや、まったく知らなかったんです。大学の就職課に手続きの書類を出しに行った時に、ここ(国立文楽劇場)の事務職の募集がかかってたんです。僕は文楽って人形芝居ということぐらいしか知らなかったんですが、物をこさえるのは好きやったんで、行ったら人形見してもらえるやろし行ってみようかと。それで、人形見て「さいなら」って言うつもりやったんです。

    南光 ええ! 就職するつもりなかったんですか(笑い)。

    村尾 まったくなかったです。劇場を案内してくれた人事の課長が「今、人形やる人いてなくて困ってるんや」と言うので、「僕、事務よりは作る方が好きです」と言うたら、「ちょっと待て」と。そこから急に応接室へ呼ばれて理事が出てきて、「君か、やりたいというのは」と言われまして。よくよく聞いたら、首の担当は2人なんですが1人亡くなられて、てんてこまいしてるところへ、僕がぽろっとそんなこと言うたんですね。

    南光 へえー(笑い)。面白いなあ。

    村尾 「とりあえずアルバイトに来い」ということになり、手足とハケ渡されて「塗ってみろ」と。それから、「使えそうやから明日も来い」となりました。

    南光 手足をハケで塗るのがオーディションみたいな感じなんですね。

    村尾 3月までアルバイトやってて、続けるか聞かれたんで「よろしくお願いします」と言うたら、「じゃあ、師匠にあいさつに行くから」って言われて、「え?」ってなったんです。技芸員さんたち(太夫、三味線、人形遣い)の世界は「師匠・弟子」の世界というのはわかってたんですけど、私は就職のつもりだったので。

    南光 すごいですね。全然その気なかったのに弟子修業って、大変なことがたくさんあったでしょう。

    村尾 最初の3年ぐらいは毎日辞めたかったです(笑い)。

    南光 理不尽なこといっぱい言われるでしょ? でも、今はすっかり職人さんになられてますよね。

    村尾 もともとモノ作るのが好きやというのが救いではありました。ありきたりな仕事よりは唯一という仕事の方がいいと思ったし、せっかく日本人に生まれたんやから日本にしかない仕事を、という漠然とした思いもありました。まあ、かっこつけですかね(笑い)。それに、辞めようと思うと、なんか辞めれなくなるアクシデントが起こったんですよ。

    南光 なんか、大きなものが辞めささんようにするんでしょう。

    【吉田文雀さんの思い出】

    村尾 最初はずっと、そんな運命は認めへんと思ってたんですが、疲れまして、開き直りました(笑い)。そしたら、なんかうまいこと転がるようになってきた。怒られてばっかりやったのが、急にほめられるようになったり。それと、10年ぐらいすると主立った芝居が一巡するんですね。それまでは記録写真見て「眉毛はこういう形か」とかってやってたんですけど、10年ぐらいでなんとなくつかめてくるといいますか。

     逆に、「なんでこの形なんやろ」と疑問に思うことも出てきたりして、そういう時は(公演ごとに首を役に割り振る)「かしら割(わり)」をされていた吉田文雀師匠に聞きました。例えば、今度6月の公演「絵本太功記」に出てくる武智光秀の額の傷は、記録写真によっては三日月の向きが逆のパターンもあった。文雀師匠に尋ねたら、「これは蘭丸が鉄扇の柄で、右手で逆手で打つからこっち向きが正解や」と教えていただきました。

    南光 ほー! なるほどなるほど。

    村尾 歌舞伎は反対の場合もあったみたいで、時代によって歌舞伎に合わせたこともあれば、そこまできっちり考証してないころもあったと思います。文雀師匠は理論に基づいて考える方でしたんで、質問すると、もやもやしてるところにいつも答えが出ました。今、衣裳やかつらも含めトータルで時代考証ができてるのは、文雀師匠が交通整理をしてくださった部分が大きいです。

    南光 桂米朝師匠らと「上方風流(ぶり)」やってはりましたね。ひょうひょうとしてはるけど、「あの人はなかなかうるさいで」と米朝師匠が言うてはりました。僕は一度、文雀師匠が遣ってはる人形が勝手に動いて、それに文雀師匠がついていってはるように見えたことがあるんです。そんなはずないのに。もう晩年でしたけど、なんてすごいんやと感激しました。

    村尾 大江巳之助師匠の三回忌に徳島で展覧会をすることになり、その時、初めて老女方の首を作りました。展覧会が終わって文雀師匠に見ていただいたら、「よっしゃ。魂入れたろ」と、一芝居遣っていただいたことがあったんです。僕も初めてなので、自分で最前列のチケット買(こ)うて見ました。それまでは、大江巳之助師匠が作った首やから、顔が動かなくてもあんだけ表情が泣いたり笑ったりするって思ってたんですけど、自分の首でもちゃんと表情が出てたんです。感激でした。あと、一芝居使った人形ってなんかちょっと違うんです。説明はできないんですけど。「舞台の空気を吸ってくるんや」って文雀師匠は言うてはりました。

    南光 理屈じゃないですね。

    村尾 人形遣いさんがいてこそです。

    南光 でも人形遣いさんは、この首がないと遣えませんから。文雀師匠との思い出が、ようさんあるんですね。

    村尾 お世話になりました。文雀師匠は人形お好きだったんで、時間あったらしょっちゅうここにいらっしゃってた。楽屋にいらっしゃらないと、「文雀師匠、そちらにいらっしゃいますか」とここへ電話かかってくるぐらいでした(笑い)。

    南光 僕もここに遊びに来たいなあ。たまにのぞきに来てもよろしか。

    村尾 どうぞどうぞ。

    首にはヒノキを使う。角材(写真奥)から削り出し、最後に二つに割ってからくりを仕込む=大阪市中央区で2018年4月25日、菅知美撮影

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