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藤原帰一の映画愛

犬ヶ島 ハリウッド監督による日本映画へのオマージュ

 ストップモーション・アニメーション。静止物を1コマ撮って、動かし、また1コマ撮影して生まれる映像はコンピューターグラフィックス(CG)と違って手で触れることのできそうな味があります。これは、ウェス・アンダーソン監督が、「ファンタスティック Mr.フォックス」に続いてストップモーションに挑んだ作品です。

     舞台は、近未来の日本。メガ崎市の小林市長が犬インフルエンザの拡大を理由に市内の犬を集めてゴミを集積した島に隔離したところ、12歳の少年小林アタリが愛犬スポッツの行方を求め、飛行機に乗って犬ヶ島にやってきた。島の犬たちは少年の愛犬捜しを手伝うことに決め、スポッツ探索の旅が始まります。

     犬の毛1本まで狂いがない。ストップモーションだからこその技ですが、この映画のポイントは技巧よりも日本を舞台にしていることですね。何といっても、日本語を話す。普通ハリウッド映画の外国人は、外国人同士で話すときでさえ訛(なま)りのきつい英語ですが、この映画では日本人のセリフが日本語です。もっとも犬の言葉は英語なので、そこにギャップが生まれます。

     日本映画の影響は明らかです。基本は黒澤明と宮崎駿。エモーションが高まったところで「七人の侍」のテーマが高鳴り、犬ヶ島のゴミの山は「どですかでん」にそっくり。「千と千尋の神隠し」にオマージュするかのように、夏木マリが声優として登場します。

     これは、模倣というよりはコラージュですね。ウェス・アンダーソンが重要と考える日本のイメージを、画家がキャンバスに貼り付けるように、ストップモーションに活(い)かしたわけです。

     このような異文化の吸収と適用には面倒があります。力を持つ側が力を持たない側の文化を横取りして、歪(ゆが)め、わがものにすることをカルチュラル・アプロプリエーションと呼びますが、文化の置かれた文脈から何かを切り取って異なる文脈に当てはめると、カルチュラル・アプロプリエーションとして批判されることが避けられないからです。

     さらにこの「犬ヶ島」、横暴な市長に立ち向かうのがアメリカからの交換留学生トレイシー。白人のおかげで救われる「白人の救い主」物語の一種としてアメリカで批判的なコメントが寄せられました。

     でも、「犬ヶ島」が日本を見下した映画とはいえません。アメリカが先進的で日本が後進的という物差しがないからです。小林市長はいかにも横暴ですが、非西欧世界にしか存在しない横暴としては描かれていません。トランプともプーチンとも重なるイメージです。

     日本社会の風変わりなものを面白がりながらそこに価値判断を加えず、民族や国境を横断した課題にも目を向ける。これ、実はたいへん微妙なところでして、ただ日本を馬鹿(ばか)にしなければそうなるわけではありません。もし日本を持ち上げすぎると、風変わりだからこそすばらしい、われわれ文明人が失ったものを日本はまだ持っているという、そう、映画で言えば「ラスト・サムライ」のような「高貴な未開人」イメージの一種に陥ってしまうからです。そうなったら文化の横取りとは逆の贔屓(ひいき)の引き倒し、裏返しの差別になっちゃいますが、「犬ヶ島」は髪の毛1本くらいの微妙なところでその落とし穴もかわしています。

     カルチャー・ギャップを楽しみながら、カルチャーを馬鹿にせず、贔屓の引き倒しにもならない。精妙なストップモーションと同じように、文化に向かい合う姿勢にも繊細な感受性が感じられる。誇張された面白ニッポンなのに、その面白さを日本人も共有できる。「グランド・ブダペスト・ホテル」と並ぶアンダーソン監督の傑作です。(東京大教授)

           ◇

     次回は「レディ・バード」です。

    ■監督 ウェス・アンダーソン

    ■声の出演 ブライアン・クランストン/コーユー・ランキン/エドワード・ノートン/ビル・マーレイ/野村訓市/グレタ・ガーウィグ/フランシス・マクドーマンド/スカーレット・ヨハンソン/ヨーコ・オノ/渡辺謙/夏木マリ

    ■101分、アメリカ・ドイツ合作

    ■東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほかで公開中

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