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柳に風

その勇気と意地に乾杯=松井宏員

 なじみの北新地のバーに、久しぶりの顔。雑誌編集者の彼女、数年前から水墨画で新境地を開いているのだが、ついに勤めを辞めて創作に懸けるという。近々、展覧会のためパリへ行くとか。言葉もできず知り合いもいないから「不安しかないですよ」と眉をくもらせてみせるが、それでいて楽しそうなのは、未知への好奇と待ち受ける何かへの期待か。芸術の都で、その“何か”と出合えることを願って、乾杯。30代半ばでの決断に、拍手しかない。

     飛び出す勇気があれば、構え続ける意地もある。

     こちらも久々に立ち飲み屋で顔を合わせたカメラマン氏。広告・商業写真で数々の賞を受賞した、その世界では知られた人も70歳を過ぎ、めっきり仕事が減ったとぼやく。通い慣れた北新地からは足が遠のき、最近は早い時間からもっぱら立ち飲みのご様子だ。

     手術をしてからたばこはやめたという氏は、日本酒をクイッとやりながら「最近、フィルムのアナログカメラを売って、新しいカメラを買ったんですよ」。そういやカメラを買い替えた後輩記者が「うれしくてうれしくて」と声を弾ませていたのを思い出し、「プロも新しいカメラはうれしいもんですか?」と尋ねたら、「そりゃそうですよ」と破顔した。

     「今のカメラでも十分なんだけど、カメラはどんどん良くなっていく。ケチくさくなりたくはないから」。数十万円の出費は痛かったが、奥さんが「ええやないの。それで10万円しか稼げなくても、満足いく仕事ができたら」と背中を押してくれたそうだ。こういう話がなによりの酒のあてになる。もう1本!

     氏の口癖は「100の趣味より一つの仕事」。おカネをもらう仕事の緊張感は、趣味にはない。年を取ってからは、その緊張感が余計に大事なんだと。

     いつまでも現役だという“構え”と、やるからには妥協しないという“張り”。畑は違っても、先輩の話は勉強になる。そんな話が聞けるのは酒場ならでは。飲み仲間のメディア界の先輩は、個人で事務所を構えてからはすっかり北新地にはご無沙汰だが、前にバーで会った時「行けるところまで行け」とけしかけられた。馬齢を重ね、もはや勇気はなくとも、意地は持てる。(夕刊編集長)<タイトルイラスト・高宮信一さん>=次回は6月25日

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