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銭湯百景

/5 潮風香る漁師の「港」

店先に立つ青山さん夫婦

 <くらしナビ ライフスタイル>

     愛知との県境に位置する静岡県湖西(こさい)市新居町の「みどり湯」は、市内唯一の銭湯で、漁港の町ならではの風情がある。高齢の夫婦が二人三脚で営み、創業139年の伝統を守る。

     ●お礼はカツオ

    入浴券の木札。右は「みどりゆ」と表記された新しい木札

     JR東海道線の新居町駅に降り立つと、海の香りがした。近くには、全国で唯一現存する関所建造物で、国指定特別史跡の「新居関所」がある。道すがらにある船だまりには、小型船が停泊している。駅から歩いて約10分。港町らしい雰囲気が漂う住宅街の一角にあるのが、青山勝さん(76)、みさ子さん(73)夫婦が営むみどり湯だ。

     明治12(1879)年、勝さんの曽祖父清八さん(故人)が創業した。現在の建物は1930年に建て直したもの。地下15メートルの井戸水で湯を沸かすが、一度も枯れたことはない。勝さんが温度調整など裏の仕事を、みさ子さんが番台を担当。「お客さんとやりとりするのは性に合っている」と言うみさ子さんは、楽しそうに番台に座っている。

     開店10分前の午後4時20分。日焼けした2人の男性が一番風呂に入りに来た。「シラス、全然値が下がらないんだってね」。番台のみさ子さんが声をかける。毎年今ごろの時期は、和歌山県から漁に来ている漁師たちが通ってくる。男湯の脱衣所の棚の上には、「長福丸」や「忠洋丸」と黒いペンで船名が書かれたおけが並ぶ。

     カツオ漁師の浜中文寿さん(64)は約40年の常連だ。今年は4月から漁に来た。長い時で2カ月滞在する。漁に出るのは午前2時半。新居漁港に水揚げされたカツオは、午後2時から市場で入札が行われる。それを終えてみどり湯で疲れを癒やす。「少しずつ北上して千葉まで漁に行く。その土地の銭湯に通ってるけど、どんどん減ってるよ」と各地の銭湯事情を教えてくれた。みさ子さんによると、漁師たちに頼まれ、約20年前から定休日の水曜も男湯だけお湯を張っている。お礼は、その日釣ったカツオだ。

     ●マッサージ器10円

    みどり湯の脱衣所にある年代物のマッサージ器と手筒花火の灰皿=いづれも静岡県湖西市新居町のみどり湯で

     機械いじりが好きで修理工になりたかった勝さんは中学卒業後、親戚が営む近くの鉄工所で働きながら家業を手伝った。親から直接言われたことはないが「継ぐことは暗黙の了解だった」。当時はまきで湯を沸かしていたため、鉄工所から木材を入れた籠を2段、3段と積み重ねてリヤカーで運んだ。

     みどり湯には歴史を感じさせるものがあふれている。脱衣所にある料金10円の年代物のマッサージ器は今も現役。縄を巻いた大きな筒状の灰皿は、地域の伝統行事「諏訪神社奉納煙火」で使う手筒花火で、勝さんが作った。江戸時代から300年以上続く奇祭で、住民たちが孟宗竹(もうそうちく)に縄を巻き付けて火薬詰めまで全て手作りするのが伝統だという。

     壁には、釣り好きの勝さんが釣ったセイゴやスズキの魚拓が飾られている。目を引くのは、イセエビや熱帯魚の剥製。27歳の時、剥製を作っている千葉県の会社を紹介する新聞記事を偶然目にした。それから50歳になるまで20年以上、毎週定休日に千葉まで通い、技術を習得した。

     入浴券は、焼きごてで「青山」と表示された手作りの木札。500枚以上あり、番台に置く時に将棋の駒のように「パチン」と響く音が好きという客もいるらしい。11枚セットで販売し、中には定休日を除いた1年分を購入する常連も。

     番台の白い箱には、漁師たちが前もって購入した木札の束が入っている。チラシの裏に船名と、来た日付が書かれており、輪ゴムでまとめて保管。来る度にみさ子さんが1枚ずつ抜き取る。「この船は夫婦2人で乗ってたよ」と見せてくれた束の一つは「幸政丸2002年購入」とある。最後に訪れたのはその年の6月27日。「もう漁師をやめちゃっているかもしれないけど、そのままにしてあるの。どうしてるかなあ」。いつでも帰っておいで。みさ子さんのそんな思いが伝わってきた。

     ●40年間、お盆も営業

     脳梗塞(こうそく)で倒れた3代目の父正さん(享年65)が亡くなったのを機に、勝さんが経営を引き継いで約40年。週休1日でお盆も店を開ける。「連続して休んだのはボイラーが壊れた時ぐらい」と笑う。夏休みに遊びに連れて行くこともできず、2人の娘には申し訳なかったと思っている。

     勝さんによると、昔は湯船がぎゅうぎゅう詰めで、他の人と肌がこすれてアカが取れたと話す90代の常連客がいるそうだ。それほど客が多かった。今は1日平均約50人。静岡県内に住む長女(48)が「やろうかな」と言ってくれたことがあるが、勝さんは「動けなくなってからでいいよ」と返した。「続けてもらいたいけど、客は減る一方だし、大変な仕事だからこっちからお願いはできない」。設備の老朽化も激しい。みさ子さんは「私たちの代で終わりかな」と少し寂しそう。それでも、自分たちができる限りは続けるつもりだ。

     世紀を超えて多くの人を迎えてきた老舗銭湯には、街のにおいが詰まっている。来年は創業140年。また一つ、歴史が刻まれる。【川畑さおり】=次回は6月30日

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