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最期の選択/3 母に胃ろう、6年間 「生きて」の一念で

老人保健施設で母親に話しかける藤井文則さん(右)=山口県長門市で2017年12月14日、茶谷亮撮影

 年老いた母はベッドに寝たきりで、おなかには管で胃に水分や栄養を入れる「胃ろう」の穴が開いていた。この6年間、笑みを浮かべたことはなかった。

     山口県長門市の藤井文則さん(77)は4月15日、市内の老人保健施設に足を運び、一つ年を重ねた母の郁代さんに花束を贈った。「母さん、明日も来るね」。いつものように語りかけたが、返事はない。母は96歳の誕生日を迎えた翌朝、静かに息を引き取った。郁代さんは2012年、自宅の台所で突然倒れた。脳梗塞(こうそく)だった。病院で緊急手術を受けたが、右半身のまひで言葉は話せなくなり、食べ物ものみ込めなくなった。

     父は文則さんが3歳の頃に戦死。母は女手一つで文則さんと弟を育てた。親戚から「1人を養子に」と請われても、首を縦に振らなかった。「岩になってもあんたらを守る」。母の口癖だった。

     地元の湯本温泉街で仲居として住み込みで働き、祖母に預けた文則さんらと会うのは月1回ほど。還暦近くまで働きづめだった。郵便局員になった文則さんは結婚後に同居を始めたが、単身赴任が続き、退職後も別の仕事で家をよく空けた。母と過ごした期間は短く、肩をもんだ記憶もない。親孝行を考え始めた頃、母は倒れた。

     母の手術後、文則さんは「回復が難しい」と主治医に言われた。在宅介護を望んだが、主治医は介護疲れを案じ、施設への入所を助言。安定的に栄養が取れ、長生きが可能になると胃ろうも勧めた。「延命治療はいらない」。郁代さんは以前、文則さんの妻にこう打ち明けていた。母は今、どう思っているのか。答えは出ず、元気だった母との思い出ばかりが頭を巡った。数日間悩んだが、「望まない治療でも生きていてほしい」と、胃ろうを受け入れた。

     胃ろうは本来、のみ込む力が低下した子どものために米国で約40年前に開発されたが、実際は高齢者の延命目的に行われることが多い。日本老年医学会は12年、人工栄養を巡る指針を決め、延命効果が見込めない場合は中止する選択肢も盛り込んだ。

     郁代さんの病状はずっと変わらなかった。朝昼晩、看護師が母のおなかの穴につないだチューブから流動食を流し込む日々。文則さんは毎月約10万円の医療費を自己負担し、これまで800万円以上を支払ってきた。だが、医療費の大半は国の保険制度で賄われる。「税金がずっと使われ、申し訳ない気持ちだった」とも話す。

     文則さんも脳梗塞で入院した経験があり、家族に「延命治療を望まない」と伝えている。だが、母への思いは異なった。施設では母のぬくもりを感じながら、細くなった手足をタオルで拭き、丁寧にマッサージもした。ようやく手に入れた、かけがえのない親孝行の時間だった。

     施設を訪ねた文則さんに、目を開けた郁代さんはいつも何か言いたそうだった。「『もう十分生きたのに』って、怒ってたのかな。でも、母さんは僕の思いも分かってくれていたと思う」【茶谷亮】=つづく


    7割超が「希望せず」

     回復の見込みがない終末期を迎えた際、患者や家族が望む療養場所や治療は症状によって異なる。

     厚生労働省は昨年実施した終末期医療に関する意識調査で、さまざまな症状に陥った場合に過ごしたい場所を国民に尋ねた。末期がんで痛みがないものの食事が取りにくくなった場合、「自宅」が47%で最も多かった。「医療機関」は38%だった。認知症が進んで自らの居場所や家族が分からず、身の回りの手助けが必要なほど衰弱した場合は「介護施設」が51%と最多で、「医療機関」が28%で続いた。「自宅」は15%にとどまった。介護施設や医療機関を望む人の多くが、介護を担う家族の負担や容体が急変した際の対応への懸念を理由に挙げた。

     こうした症状で、口から栄養を取れなくなった際、胃ろうは希望しないと回答した人がいずれも7割を超えた。

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