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たたなづく

「大丈夫だよ」から新しいつながり=河瀬直美

河瀬さんの自宅のバラ

 年明けから実の祖母の存在が気になって仕方がなかった。遠い昔の記憶の中に「京都のおばあちゃん」と呼んでいたその人は人懐っこい笑顔が印象的だった。映画の製作に集中していたため、なかなか連絡を取れないままに春が来た。冬の間に何かしようとしてもなかなか重い腰が上がらないものである。桜の開花とともに、気温が上がり始める頃、携帯に記録していた番号を鳴らしてみたが、使われていないというメッセージが流れた。

     遠い親戚をたどりながら、従兄弟(いとこ)にあたる人物に連絡をしてやっとわかった。「直美ちゃんは何も知らされてなかったの?」から始まる事実はだいたい予想をしていたが、残念な気持ちで心はいっぱいになった。「2年前に亡くなったんだ」と聞いて、もう会えないのかと思うと、寂しさがこみ上げた。とにかくそれならば霊前にお参りしたいと申し出ると、お墓がどこにあるのかもわからないと従兄弟は言った。祖母のことは、伯父さん、つまり祖母の長男がすべて任されているということだった。ならば、とその伯父さんの連絡先を聞いて電話をしてみた。「直美?」と遠い昔に聞いた記憶の中の声が受話器越しに聞こえた。「ほんまに直美か?」と告げる伯父さんは、映画監督として活躍する姿をテレビや雑誌で見ながら、もう直美とは死ぬまで会えないと思っていたとつぶやいた。自分自身ただただ繰り返す日々を積み重ねて生きていた。伯父さんは、電話では話せないことがいっぱいあると言って、一度会えないかと聞いた。もちろん大丈夫だと答えて、ゴールデンウイークのどこかでと日程を決めた。

     その日は五月晴れの暖かい日で約束の時間を少し過ぎてわたしは伯父さんの家に到着した。初めて訪れるその家には伯父さんの子供たち、つまりわたしの従兄弟たちが3人集っていた。事情は従兄弟たちも十分に知っているようで、伯父さんとわたしの姿を見守るように、話を聞いていた。伯父さんの後悔は、わたしの母がわたしを産んだ後に、祖母と伯父さんで直美を引き取って育てることができなかったことだと告げた。「直美が不憫(ふびん)で仕方がなかった」と涙ぐんだ。

     わたしは生まれてすぐ両親が離婚し、祖父の姉にあたる河瀬のおばさん夫婦に子供がいなかったことから彼らの養女として育った。彼らは質素ながら慎(つつ)ましやかに日々の暮らしに感謝してわたしを育んでくれた。14歳の時に養父が亡くなってからは高齢の養母が内職をしながらわたしを成人させた。お盆やお正月に親族が集まる家を羨ましく思ったこともある。なぜ自分には将来を相談する父がいないのか、愛する人のことを相談する母がいないのか、心のもやもやを思春期を過ぎても抱えながら「なぜ自分は生まれて来たのか?」という問いに答えは見いだせなかった。やがて「映画」との出逢(であ)いが私を変えた。これがあれば、自分を表現し、そしてその表現したものに、少なくとも人々は共感を覚えてくれる。言葉でないものがわたしの説明できない「想(おも)い」を伝えてくれることに言い表せない喜びを得た。

     こうして映画づくりで培った経験は、わたしに努力すれば結果がもたらされることを信じさせ、自分を裏切らない気持ちを持ち合わせていれば強くなれることを悟った。だから、伯父さんが直美が不憫で仕方がなかったと涙を流した時、「大丈夫だよ」と告げることができた。そして、他界した祖母が望んでいることは、今を生かされている親戚一同が集い、また新しいつながりを持ち、仲良く関係を続けることなのではないかと感じていた。三回忌を過ぎてもお墓が存在しない祖母の魂がわたしにそれを悟らせてくれていたとするならば、きっとそこにわたしの役割はある。そんなことを思う今年の春であった。(かわせ・なおみ 映画監督)=次回は7月1日掲載

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