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アートの扉

J・M・W・ターナー スノードン山、残照 水彩で描いた理由は

ターナー「スノードン山、残照」=1798~99年、水彩・スクレイピングアウト・紙、縦52・7センチ横75・6センチ、エディンバラ・スコットランド国立美術館蔵(c)Trustees of the National Galleries of Scotland

 誰でも一度は描いたことがある水彩画は画材の入手や扱いがたやすいイメージがある。だが英国を代表する風景画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの画業は、それ抜きに語れない。制作数は、格上とされる油彩画が約300点に対して水彩画は約2万点に及び、重要な作品も多い。なぜだろう。

     「数多く手掛けた本の挿絵の原画に用いたので数が押し上げられている面がありますが、そもそもターナーは水彩が自身の創作に最も適した画材だと考えていました」。本展の日本側監修者、福島・郡山市立美術館主任学芸員の富岡進一さんはそう説明する。透明感があり、微妙な濃淡を表現できる水彩は流れる大気や霧、にじむような光の描写におあつらえ向き。早く乾き、携行にも便利。スケッチ旅行にしばしば出かけた彼にとってまさに“金棒”だったのだ。

     英国特有の背景もあった。「当時、水彩画は非常に盛んで人気もありました」と富岡さん。要因の一つが17~18世紀、貴族の子弟が学業終了時に海外を周遊した「グランドツアー」。ガイドブック代わりに旅先の風景を描いた水彩画がもてはやされた。イタリアやフランスに比べ歴史が浅くアカデミズムの規範が緩やかだったことも普及を後押しし、技法が発達した。

     表面を爪でひっかき、色を削り取るスクレイピングアウト。湿した紙に水をたっぷり含んだ筆で塗り色をにじませたり、水分を抑えてザラザラ感を出したり。多彩で高度な技をターナーは巧みに使いこなし、刻々と変化する自然に迫った。本作では木立の間など白っぽく削られた部分と、淡く輝きながら昇る月が呼応し、詩情を強めている。【永田晶子】


     ◆プロフィル

    Joseph Mallord William Turner(1775~1851年)

     ロンドン生まれ。10代後半で頭角を現し、27歳で王立アカデミー会員に。もやがかかった独特の空気感に包まれた山岳や海、田園風景を描き、印象派のモネをはじめ後世の画家に大きな影響を与えた。


     ◆インフォメーション

    「ターナー 風景の詩」展

     東京・西新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館で7月1日まで。月曜休館。問い合わせはハローダイヤル(03・5777・8600)。郡山市立美術館に巡回する。

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