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論の周辺

「大正」という参照軸

 平成の時代は来年で幕を閉じることになったが、この31年という期間を考えると、なかなか興味深い。大まかにいうと、それは64年を数えた昭和の約半分であり、15年続いた大正の約2倍である。一方、45年に及んだ明治に対し次の大正が3分の1ほどの短さで終わったのに比べれば、昭和に対する平成はある程度長く続いたともいえる。

     そんな比較をしてみたくなるのは、2011年に月1回掲載した「大正100年」というシリーズを担当した時の印象が一つある(単行本は『大正という時代』毎日新聞出版)。その中で、日本政治思想史家の原武史さんは、明治、昭和という強いイメージを持つ時代の後に位置したという意味で、「平成の初期には大正の始まりと似た面」があったと語っていた。

     また最近、『大正=歴史の踊り場とは何か』(講談社選書メチエ)という本が出た。これは哲学者の鷲田清一さん、詩人の佐々木幹郎さん、京大名誉教授の山室信一さん、東大教授の渡辺裕さんが中心となり、6年間かけて行われた研究プロジェクトの議論をまとめたものだ。「現代の起点を探る」という副題に表れている狙いも、かつての本紙シリーズと通い合うものだ。

     「大正100年」シリーズでは、大正デモクラシーや米騒動、ロシア革命から、ラジオ放送開始、「新しい女」など、大正期に起こった大きな事件や現象を取り上げていった。それに対して、この本では「学区」「趣味・娯楽」「サラリーマン・職業婦人・専業主婦の登場」「民衆と詩」といった、より柔軟で多角的なテーマを設定し、明治から平成の今に至る幅広い時間の流れの中で論じている。

     例えば「民生」のテーマで山室さんは、日清・日露戦争を経て第2次産業が発展を遂げた日本で、労働力が農村から都市部に集中するとともに「細民」の居住する「下層社会」が生まれ、社会問題が発生してきた経緯に注目する。大正は「『細民』への政治的対応に向けて出発した時代」であり、民生委員の制度もできた。そして「人間に価する生活を営むために国民が国家に対して保障を要求する」社会権、生存権に関する議論が始まったことを、経済学者・福田徳三を例に示している。

     そうした中で100年前の1918(大正7)年、米騒動が起こった。米価高騰を背景に、富山県魚津で漁師の夫人らが米の移送を阻止しようとした事件が発端となり、全国で計70万人とも100万人ともいわれる労働者、小作人らが参加。鎮圧に軍隊が出動する事態となった。福田は、これを教訓として「『国民生活の安全保障を政治の第一義』とする経済政策を実行していかなければならない」と主張したという。山室さんは、この「国民生活の安全保障」は、90年代に国連開発計画(UNDP)が掲げた「『人間の安全保障』という考え方にも通じる」と指摘する。

     7年前、東日本大震災の年に掲載した本紙シリーズでもそうだったが、23年の関東大震災はこの本でも重要な位置を占めている。「震災」のテーマで佐々木さんは、哲学者の安倍能成(よししげ)や評論家の三宅雪嶺(せつれい)らが当時発表した文章を挙げつつ、「人々はこれまで享受していた『文明』に懐疑の眼を向けた」と書く。

     「すべての言葉をもう一度、初期の状態へ戻して、震災で壊れた建物の瓦礫(がれき)の上を素足で歩くような、そんな新たな言葉が求められた。(中略)その思想と表現の『亀裂』こそが、関東大震災と東日本大震災に共通する人間の意識変容のありかたを示している」

     これから膨大な平成の歴史が書かれていくに違いない。切り口はさまざまにあるだろうが、大正はその重要な参照軸になるとの感を深くした。【大井浩一】=随時掲載

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