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美食地質学入門

第3講 ホタルイカ 湾の深さが味の深さ

荒木清文さん(右)の話を聞く巽好幸先生(中央)と大引伸昭先生=富山県滑川市の割烹あらきで、松井宏員撮影

 日本海の春の味覚といえばホタルイカ。なぜ富山のホタルイカはうまいのかを探るべく、マグマ学者の巽好幸先生、日本料理の大引伸昭先生とフィールドワークに出掛けた。

     大阪から特急サンダーバードと北陸新幹線、地方鉄道を乗り継いで約4時間。富山県滑川市に着いた。谷筋に雪を残した立山連峰が雄々しい。富山県でホタルイカの漁獲高が一番多いのが滑川だ。まずは基礎知識を得るべく、ほたるいかミュージアムへ。小林昌樹館長(50)に館内を案内してもらった。

     「漁獲高では富山より兵庫県の方が多いんですが、海岸近くにホタルイカが来るのは富山だけ。取れるのは雌のみです。産卵に来て帰るのを定置網で取るので、体が大きく、鮮度が良くておいしい」

     私たちが普段、スーパーなどで目にするホタルイカはずいぶん小さいが、あれはもしかして雄?

     「兵庫は底引き網で雄も取るので」

     なるほど納得。ホタルイカの寿命は1年。3~6月に富山湾へやって来る。普段は約200~600メートルの深海にいるが、深夜、浮上して海岸に近付いてくる。

     ミュージアムではホタルイカにさわれる。ボイルされたのしか見たことがなかったが、小さいながらもイカだ。「丸ごと食べられるイカはホタルイカくらい」と大引先生。青く光る発光ショーもある(今季は終了)。

     「光るのは威嚇のためとも言われてます。網に入ったのをたもですくうと、一斉に光り出す。僕らも展示用のを取るため、毎朝船に乗るんですが、今年はすごく少ない。原因はわからないんです」

     滑川漁港の昨年の漁獲高は約400トンあったが、今年は漁も終盤だというのに200トン台前半。2008年以来の不漁だそうだ。果たしてホタルイカにありつけるのか、不安がよぎる。

     翌日の早朝4時、滑川漁港。午前2時半に出港した船団が次々に帰ってくる。沖合約3キロまでに仕掛けている11の定置網で取れたホタルイカを、鮮度を保つため海洋深層水(水深200メートル以上の深海の水)で運んでくる。が、イワシやサバやマイカばっかり。「ホタルねえの?」と漁師さんがつぶやく。多い時は50キロ入りのざるに400個も取れたそうだが、この日はわずかにざる二つ。滑川春網定置漁業組合監事の水橋一仁さん(56)は「ダメ、もう終わり」と表情も厳しい。

     好きな食べ方を聞くと、表情が緩んだ。「船の上で、網に乗せて炭火でさっと焼いて」。おなかがグーと鳴った。

    カネツル砂子商店でいただいたボイルのホタルイカ=富山県滑川市で、松井宏員撮影

     水産品加工・卸のカネツル砂子商店は、ホタルイカを東京や大阪に出荷している老舗だ。砂子典章専務(42)がボイルし立てを食べさせてくれた。身がぷっくり膨らみ、つやつやしている。こんなべっぴんのホタルイカ、見たことない。かむとワタがジュワーッとあふれる。巽先生が「こんなん食うたことない」とうなる。氷水で締めたのもいただいたら、ワタの甘みが増した。「私はこれが好きで、家では食べない」と砂子さんが笑う。

    地の酒止めどなく

     県外にもファンが多い地元の名店、割烹(かっぽう)あらきに場所を移して、巽先生と大引先生に対談していただこう。これまでのフィールドワークで、ホタルイカのうまさの秘密は、駿河湾、相模湾とともに日本三大深海湾の富山湾にあることがわかった。海岸からすぐに深くなっているから定置網漁が可能なのだ。

    巽「なぜ富山湾が深いかというと、日本海ができた時の裂け目なんですね」

     日本列島はもともとアジア大陸の一部だった。それが大陸の火山活動によって引きはがされ、列島と大陸の間に日本海が開かれた。約1500万年前のことだ(補講)。この時に大陸の破片が大和(やまと)堆(たい)などの高まりを作り、海底がくぼんで海盆ができた(図<2>)。海盆にある深い割れ目が富山湾まで入り込んでいるのだ。

    巽「その後、200万~300万年前、マグマの活動で立山が隆起します。今も隆起し続けているんですが、冬将軍が来たら雪が積もり、雪解け水が富山湾に流れ込む。水深約1000メートルの富山湾と標高約3000メートルの立山の高低差は約4000メートル。こんな所はほかに富士山と駿河湾くらい。この断崖があるからホタルイカが来る。海洋深層水が海岸べりまで来ていて、栄養源も多い」

     日本海から見た富山湾の海底地形(図<3>)を見れば、断崖がよくわかる。漁師の水橋さんは「ホタルイカは深い所を伝ってくるので、(通り道の)近辺の浅い所に定置網を仕掛ける」と説明してくれた。天然のいけすといわれる富山湾も深いけど、ホタルイカも深い。

    大引「ホタルイカの考え方がガラッと変わりました。さくっとした食感が出る天ぷらにしてみたいですね」

    釜揚げやいしる焼きなど荒木さん自慢のホタルイカ料理=富山県滑川市で、松井宏員撮影

     ご主人の荒木清文さん(50)が、自慢の沖漬け、こうじ漬け、しょうゆこうじ漬けを出してくれる。かむたびにうまみが口中を満たす。口福とはこのことか。「香りが抜けて、鼻の辺が大変」と巽先生が独特の表現で、幸せだとうめく。

     お次は荒木さんが「一番ぜいたくな食べ方」と言う釜揚げ。水と塩に酒、昆布のだしに生のホタルイカを入れて30数える。少量ずつ入れて踊らせるのがポイント。半日練ったまろやかな自家製酢みそで。

    巽「お酒と昆布の甘みが入って、なんじゃこりゃ! ワタの甘みもあって、甘みの競演」

     滑川の地酒、千代鶴がよく合う。純米の「恵田(えでん)」という銘柄に巽先生「ブルゴーニュのシャブリでっせ。ワタの甘みに合う」と大興奮。「酒は灘の本醸造と言うてたけど、地のもん食べたら地の酒。丁寧に作ると、香りが違う」

     最後は、イカのワタを使った魚醤(ぎょしょう)、いしるに漬けたホタルイカを焼く。「イカつながりでいかがでしょう」と荒木さん。口の中でワタが飛び出して、濃厚な味と香りに包まれる。酒が止まらず、いかんともしがたい!

     日本海の恵み、現地での発見と出会いに感謝し、一行の胸には「ホタルイカの滑川」の名が深く刻まれたのだった。<次回はアユ><文・写真 松井宏員>=第1火曜掲載

     ◆補講

    激動の日本列島誕生

     アジア大陸で2000万~3000万年前に火山活動が活発化し、大陸プレートの地下で上昇してきたマントルが、温めたみそ汁のように対流。周辺に広がったマントルに、プレートの弱い部分が押されて破断し、約2000万年前から分裂が始まった。速い所では1年に1メートルの速度で移動し、日本海が拡大していった。この大地殻変動で超巨大地震が頻発したと想像される。東北日本は反時計回りに、西南日本は時計回りに動き、観音開きの扉のように開いたところに、南から伊豆半島が衝突して隙間(すきま)を埋め、約1500万年前に日本列島の原形ができたと考えられる。(図<1>)


    ほたるいかミュージアム

     076・476・9300。火曜休館。

    カネツル砂子商店

     076・475・0035。ほたるいかミュージアムにも出店。ネット販売(http://www.kanetsuru.com)も。

    割烹あらき

     076・476・0101。月曜定休。


     ■人物略歴

    巽好幸(たつみ・よしゆき)

     神戸大学海洋底探査センター教授。鬼界海底カルデラの研究で、タレントの滝沢秀明さんらと連名で論文を発表し、話題になった。


     ■人物略歴

    大引伸昭(おおびき・のぶあき)

     「エコール辻大阪」(辻調グループ)副校長。テレビの料理番組の出演や監修も多数手掛ける。

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