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月刊相撲

待ったなし 異例の立行司不在=武藤久

「山と川 間(あ)いに小さく 庄之助」

     昭和10年代の川柳で「山」は35代横綱の双葉山、「川」は34代横綱の男女ノ川といわれる。小柄な立行司の木村庄之助が間に立って対戦を裁いているという一句だ。

     人気の双葉山、巨漢で知られた男女ノ川の激突も、行司が小さい体で「構えて、まだまだ」と力士に奮起を促せば力士が目立ち、土俵が映えて好取組となるのでこんな川柳が生まれたようだ。

     とはいえ昨今は、若い時に入門して体が大きくなる行司もいれば、力士になりたかったが体格が足りず行司になったという人もいる。力士と遜色ない体格の行司もいて、川柳のようにはなかなかいかない。かつて中継のアナウンサーが「大柄な行司」というと、後で「大柄はやめていただけないですか」と体を縮めながらアナウンサーにお願いにきた行司もいたそうだ。

     大相撲で取組を裁く行司には力士同様に番付がある。もっとも高いのが木村庄之助、次位が式守伊之助でこの2人が立行司。以下三役格、幕内格、十両格などと続き、現在は45人が定員。番付には全員載っている。行司の仕事は土俵上での裁きと勝負判定が一番目立つが、それだけではない。横綱や幕内、十両力士の土俵入りの先導役、独特の相撲字で書く番付作り、番付編成会議や取組編成会議の書記役、場内放送も行司の仕事だ。

     鶴竜が連覇した夏場所を終えて、40代式守伊之助が自己退職した。伊之助は今年1月にセクハラの不祥事が発覚し、辞職願を日本相撲協会に提出。同協会は伊之助を3場所出場停止の謹慎とし、謹慎が明けた夏場所後に辞職願を受理した。

     37代木村庄之助が2015年3月の春場所後に定年退職。立行司は当代伊之助1人だけだったが、伊之助は同年11月の九州場所で差し違え2回の失態で出場停止3日の処分。17年5月の夏場所では体調不良で途中休場。さらに今回の謹慎と、立行司不在の異例の場所が続いてきた。

     立行司は過去にも、1993年7月の名古屋場所後に27代伊之助が定年退職、同年11月の九州場所後に28代庄之助が定年退職し、94年1月の初場所から2場所は番付上でも不在だったことがある。今回の伊之助の退職で、7月の名古屋場所の番付は94年春場所以来、24年ぶりに立行司不在になる。

     現在ある通称「木瀬」「式秀」の年寄名跡は元々行司が名乗ったもので「木村瀬平」「式守秀五郎」だ。行司も年寄襲名ができた時代があったのだ。その制度は58年になくなった。立行司が持っていた同協会理事選挙の投票権も4年前の公益財団法人化とともに消滅している。

     夏場所では幕内だけで差し違えが4回。行司の権威の低下が、差し違えの乱発や不祥事につながっているとは思いたくないが、気になるところではある。(東京相撲記者倶楽部会友)

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