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大岡信と戦後日本

/3 一高・東大時代 水を得た魚のように

 大岡信(まこと)は1947(昭和22)年春、旧制一高に入学し、50年春に東大文学部国文科へ進む。一高でフランス語クラス(文科丙類)にいてフランス詩に親しみを深めていた彼は、当然のように仏文科に行くつもりでいたが、「学制改革にともなう試験方式の変更に気づかず」(『自選 大岡信詩集』所収の略年譜)国文科へ入ることになった。大岡の学年は旧制高校を卒業した最後の代で、戦後の学制激変の時代だった。

     しかし、これは挫折というより展開をもたらしたようだ。一高、東大で大岡の1学年上に当たり、大学では同人誌仲間だった山本思外里(しげり)さん(89)は「大岡が国文科に進んだのは、かなり決定的な意味を持ったと思います」と話す。「彼は語学の天才で、学生時代からフランスの詩を翻訳していたけれど、国文科で日本の古典文学を勉強したことが『紀貫之』など後の幅広い仕事につながったのではないでしょうか」

     後に大岡自身が度々回想を記した一高・東大時代の文学活動は生き生きとして、まさに「水を得た魚」を思わせる。一高ではクラスの回覧雑誌『サンジュ・ヴェール』(フランス語で「緑の猿」の意)を作り、フランスの象徴派詩人、グールモンの詩の翻訳数編を載せた。同誌には旧制沼津中以来の友人、重田徳(あつし)(東洋史学者、73年没)、後に推理作家・佐野洋となる丸山一郎(2013年没)、マスコミ学者となった稲葉三千男(02年没)らが参加している。

     また、年1回発行された一高文芸部の機関紙『向陵時報』に、大岡は2年の時、詩「ある夜更けの歌」を投稿した。48年11月に出た同紙165号に掲載され、「詩が活字になったはじめての経験」(『詩への架橋』)となる。三好達治の影響を自ら認める、その詩の最終4行。

     <さあ僕よ 都会の乾いた光には別れを告げて/そして甘い記憶にも別れを告げて/(優しさは僕の息をつまらせる)/闇の中を歩いてゆかう>(引用は『大岡信著作集第3巻』)

     同号の編集委員は1学年上の日野啓三(02年没)で、翌年には大岡が後を継ぐ形で『向陵時報』最終号の編集を手掛ける。後に作家として活躍する日野は山本さんと同級で親しく、2人は大学卒業後、一緒に読売新聞記者となる。その1年後に、大岡も丸山とともに同社へ入るという縁だ。

     大岡が大学へ進んで間もなく、日野、山本さん、丸山、稲葉らとの一高同窓仲間で回覧雑誌『ヴァンテ』(「20代」の意)を作っている。これを5号出した後の51年3月、同じメンバーを中心に、ガリ版刷りの同人誌『現代文学』が創刊された。翌年7月の5号まで続く同誌に大岡は、のち第1詩集『記憶と現在』(56年)に収められる作品などを精力的に執筆していく。

     大学時代の活動は後の大岡を考えるうえで重要なものが多いが、フランスのシュールレアリスム詩人、ポール・エリュアールとの文学的出会いもその一つだ。自ら数編の詩を訳して『現代文学』に載せたほか、52年11月に1号だけ復刊・発行された同人誌『赤門文学』に評論「エリュアール」を書いた。エリュアールの詩の「そして空はお前の唇の上にある」という一行から受けた衝撃とともに、この「詩人との出会いのよろこび」が伝わってくる。くしくも同じ52年11月にエリュアールは死去した。

     評論「エリュアール」は、中村真一郎によって文芸誌『文学界』53年3月号の「同人雑誌評」に取り上げられた。「これは詩論としても、エリュアール論としても、ぼくには出色のものに思はれる。ぼくは読みながら感動した。そして、作詩の衝動が湧いて来た」と、中村は極めて高い評価を与えている。後に評論集『詩人の設計図』(58年)に「エリュアール論1」として収められるが、その後、詩と詩論の両方で旺盛な執筆を繰り広げていく大岡らしい「デビュー」だった。【大井浩一】=毎月1回掲載します


     ■ことば

    ポール・エリュアール

     1895~1952年。フランスの詩人。ブルトン、アラゴンらとともにシュールレアリスムの中心人物の一人として活躍した。「愛の詩人」と呼ばれた一方、反ファシズム闘争に参加した抵抗詩人の側面もあった。大岡も訳した詩「自由」は広く知られている。


     ■人物略歴

    中村真一郎(なかむら・しんいちろう)

     1918~97年。作家・評論家・詩人。東京生まれ。東京帝国大仏文科卒。加藤周一、福永武彦らと新しい詩運動のグループ「マチネ・ポエティク」を作り、日本語の定型押韻詩創作を試みた。ヨーロッパ文学の紹介に努めるとともに、多くの小説や詩、評論を書いた。

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