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200年以上前に作られたという懐中時計を手に、「修理は、その時代の職人の技と向き合う作業。ワクワクしてたまらない」と話す日本時計師会会長の山田喜久男さん=東京都中央区で

 地域に根差した老舗時計小売店が、高齢化などで年々減りつつある。あるところは後継者不在で廃業を決め、また、あるところは職場を超えて若手の育成に努める。10日は「時の記念日」--。

     「参ったよ。時計を貸してとは……」

     さいたま市浦和区の老舗「まつもと時計店」の店主、松本光司さん(76)は、そう言って頭をかく。今年2月。見知らぬ男子高校生が「受験で使うので時計を貸してほしい」と突然、店を訪ねてきた。聞けば大学入試の直前で、筆記試験中に自席で時間を確認したいのだという。彼は「ふだんはスマートフォンがあるけど、試験中は出せないから」とも付け加えた。松本さんは、あっけにとられながらも丁重に断ったそうだ。「時代は変わったねえ」

     ●「修理難民」心配

     JR北浦和駅西口から歩いて2分。店を構えて約60年が過ぎた。今、地域に根差した時計小売店の衰退を実感する。安価な時計を売る量販店の台頭、時計職人の高齢化や携帯電話の普及、そして後継者不在。同業者の多くが店を畳んだ。最盛期には旧浦和市内に数十軒あった時計小売店は、今では数軒。「時計を買う人も時計職人の数も減った。後継者もいないし、体調も良くない。潮時だ」と話す松本さんも、数年以内に幕を下ろす予定だ。常連客の男性(71)は「自宅から近くて安くて便利だった。ほかにあてはないし、『修理難民』になってしまう」と声を落とした。

     なぜ時計小売店は減ったのか--。時計専門店などでつくる「全日本時計宝飾眼鏡小売協同組合」(東京都台東区)によると、機械式時計よりも安くて壊れにくく、電池で動く「クオーツ式時計」が1970年代に普及したことが一因。その影響で修理の需要が減るなどし、全国各地で時計小売店が廃業していったという。販売面でも、近年は時計を扱う量販店やインターネットによる販売業者が増え、小売店は厳しい経営を強いられているのが実情だ。経済産業省の商業統計調査によると、「時計・眼鏡・光学機械小売業」の事業所は、2007年に全国で約2万軒あったが、14年には約1万7000軒に減っている。

    福岡県内の老舗時計小売店の職人たちが結成した「福岡時計職人の会」のホームページ。顔写真をクリックすると各店の紹介が見られる

     ●「互助組織」でPR

     こうした時計業界全体の浮揚を図ろうと、老舗時計小売店による「互助組織」結成の動きが出てきた。福岡県内の約50店舗は14年1月、「福岡時計職人の会」を発足させた。修理技術や知識、流通ネットワークを互いに生かすのが狙いだ。事務局長の松井隆志さん(61)らが中心になり、「ライバル同士が連携しよう。『福岡といえば時計修理』と言われるように」と呼びかけた。各店の歴史を店主の写真付きで紹介するホームページを開設し、「見える化」を実現。現在、月1回のペースで若手職人向けの技能研修会を開き、後継者育成に努めている。「技術があってもPRする手段を知らない職人は多い。会を結成してからは、遠方からの依頼も増えた」と松井さんは話す。栃木県でも約20店舗が15年に「とちぎ時計職人の会」を発足させた。職場を超えたプロフェッショナル集団の輪が広がりつつある。

     一方、熟達の技を持つ時計職人が加盟する「日本時計師会」(東京都台東区)も、複雑な機械式時計を手作業で修理する職人の育成に努めている。会長の山田喜久男さん(71)は高級時計修理工房「テクノスイス」の社長。16歳の時、福岡県内の時計小売店で修理の道に入った生粋の時計職人だ。スイスの世界的なブランドを渡り歩き、時計修理業界で最難関といわれる「公認上級時計師」(CMW)の資格を取得。09年にテクノスイスを設立したが、その技術は今も健在だ。わずか1ミリ以下の部品を、顕微鏡と指先の感覚だけを頼りに金属から加工し、複雑な構造を持つ機械式時計を直していく。

     職人の高齢化や老舗の廃業は、時計修理業界に慢性的な人手不足を引き起こした。山田さんは「昔は時計小売店に腕のある職人がたくさんいたが、廃業や引退によって、今は数少ない職人に依頼が集中している」と指摘する。もっとも、最近のアンティークブームの影響もあり、テクノスイスには機械式時計の修理依頼が多いという。

     ●独自に試験を実施

     日本時計師会は、公認上級時計師の資格認定試験を独自に実施している。技能研修などと合わせ、腕のいい時計職人100人を今後20年で育てる計画だ。有能な若手の育成は「街の時計店」の存続にも結びつく。この先、時計職人が生き残るためには、卓越した技術を主体としたサービスを重視すべきだというのが山田さんの持論だ。

     ただ、山田さんは「決して先行きが明るい業界ではない」とも言う。近年は大量生産、大量消費社会で、一つの品物を大切にしない傾向が強いと感じる。必然、時計に対する愛着も薄れがちだ。「古いものを大切に使い続けたり、こまめにメンテナンスして愛着を持ってくれたりする人が増えれば、我々の仕事はなくならない」--。時計とともに時を刻んできた山田さんは願う。【梅田啓祐】

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