メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

セカンドステージ

認知症とかかわる その人らしさ、尊重するケア

寝たきりの患者と間近に視線を合わせ、優しく触りながら語りかける安藤さん=東京都調布市の調布東山病院で
出かける前、玄関先で義母と会話を交わす山本さん(左)=福岡市中央区で

 <くらしナビ ライフスタイル Second Stage>

     夜中に歩き回る、食事や入浴を拒む、暴力的になる--。認知症の人のこんな行動に困ったら、否定したり怒ったりせず、接し方を見直してみよう。フランスで生まれた「ユマニチュード」と呼ばれるケアの技法は、誰もが学べるコミュニケーション技術として注目されている。

     「こんにちは。会いに来ましたよ」。東京都調布市の調布東山病院(83床)。看護師の安藤夏子さん(36)は、認知症とパーキンソン病で寝たきりの90代の女性に、ゆっくりと語りかけた。両手を女性の肩に置き、顔と顔を15センチほどまで近づけ、瞳を見つめている。「体を拭いてさっぱりしましょうか」。無表情だった女性の瞳に、意思がともる。「あ…い…がと(ありがとう)」

     原因不明の発熱のため入院中の女性は、寝たきりの状態が続き、呼び掛けへの反応も乏しくなっていた。そこで、約3週間前からユマニチュードのケアを実施した。この日は両脇から支えられ、ベッドサイドに立つこともできた。

     ●「抵抗」の理由探る

     ユマニチュード(Humanitude)は、フランス語で「人間らしさを取り戻す」という意味の造語。具体的には、正面から同じ目の高さで視線を合わせる▽穏やかに話しかけ続ける▽手のひら全体で優しく触れる▽できるだけ患者が立つ時間を作り寝たきりになるのを防ぐ--といった技術を組み合わせ行うケアだ。

     その際重要なのは、認知症の人の置かれた状況を正しく理解すること。患者が介護に「抵抗する」ならば、その理由を突き止める必要がある。認知症は新しい記憶が保てず、自分がいる場所や人の認識が難しくなり、視野も狭まる。そのため、例えば点滴は、突然知らない人から注射針を刺される恐怖を抱かせ、下着の交換は、正体不明の手が急に下半身に滑り込む不快感を与える。「抵抗」は、人として当然の反応に思えてくる。

     ユマニチュードは、そうした患者の恐怖心を解き、必要なケアを届けるためのテクニックだ。冒頭の安藤さんのように、自分の存在を認識してもらい、相手の意思を感じながらケアを進める。体育学を修め、介護現場で長年患者のケアに取り組んだフランス人イヴ・ジネストさんらが考案した。日本には、国立病院機構東京医療センター(東京都目黒区)で総合内科医長を務める本田美和子医師が2012年に紹介した。看護師や介護士向けの研修会を通じ、徐々に広がりを見せている。

     ●不安を取り除く

     患者の半数超が75歳以上の調布東山病院は、13年ごろから看護師を研修会に派遣してきた。昨年4月には「ユマニチュード推進室」を設置し、より専門的に学んだ安藤さんら2人のインストラクターが、医師や事務職を含む全職員への院内研修を進める。

     「以前は患者さんに点滴を入れては抜かれ、毎日怒鳴られ、強い口調で対応することもありました」と安藤さん。自身の接し方を変えたことで患者がハグをしてくれたり、何度も病室を出ようとしていた人が安心して眠るようになったりした。患者の胴体をベッドに拘束することはほぼなくなり、看護師以外の職員からも「リハビリを嫌がる人が自ら歩いてくれるようになった」(竹内裕美・リハビリテーション科長)、「意思疎通が難しかったおじいさんが笑顔を見せてくれた」(ソーシャルワーカー・芦田優子さん)との声が聞かれた。

     本田医師は「ケアで最も大切なのは、相手と信頼関係を結ぶこと」と強調する。被害妄想や歩き回り(徘徊(はいかい))といった「問題行動」は、不安が引き金になる。「周囲が怒ったり無視したりすると不安は大きくなり悪化します。逆に『あなたを大切に思っています』というメッセージを伝え、不安を取り除くことで、症状も改善できるのです」

     ●家族の負担感軽減

     現在は病院や施設での導入が中心だが、家庭で実践する人も増えている。

     「義母の介護は、想像以上にストレスの連続でした」。福岡市の団体職員、山本誠さん(49)は、約6年前からアルツハイマー型認知症の義母(81)と同居を始めた。生活のほとんどに介助が必要な要介護3で、言葉での意思疎通ができず、接し方が分からなかった。実の娘である妻(52)は「何度同じこと言わせるの!」と時に感情をぶつけてしまう。自責の念に苦しむ妻を見てさらにいらだちが募る。夫婦間にも溝ができ、家庭は崩壊寸前だった。

     そんなとき、テレビの番組をきっかけにユマニチュードを知った。毎朝出かける前の数分間、義母とコミュニケーションをとることにした。「おかあさん、行って来ますよ。お留守番を頼みますね」。義母の手を優しく握り、視線を合わせ、ゆっくりと語りかける。すると、うつろだった義母の瞳に光が差し、「はい」と笑顔を見せたのだ。

     数カ月がたつころ、家庭内に変化が起きていた。張り詰めた空気が消え、妻と義母に笑顔が戻った。「何よりも変わったのは、私自身の意識でした。一時は義母の気配すら耐え難かった。そんな義母のことを私はいつのまにか、心から好きになっていたんです」

     山本さんの住む福岡市は16年度、東京医療センターと協力し、全国で初めて認知症患者の介護家族148人を対象にしたユマニチュードの実証実験を実施した。2時間の講習後、3カ月間にわたってケアのポイントを毎週受講者に書き送り、実践してもらった。

     本人の状態と家族の介護負担感について、広く用いられている評価方法で数値化し、講習前と3カ月後を比較したところ、本人の暴言や歩き回りといった症状が減り、家族側の負担感も軽減していた。

     福岡市は17年度以降も研修を続ける。本田医師は「認知症になっても、認知症の家族を持っても、『絶望』じゃない。すべての人が最期まで人とかかわり、その人らしく尊重される社会を目指したい」と話す。【曹美河】


    ユマニチュードの四つの柱

     <見る>

    ・水平に、正面から

    ・近くから、長く

     <話す>

    ・低いトーンで、優しく、歌うように

    ・ポジティブな言葉を途切れなく

     <触れる>

    ・広い面積で、ゆっくり、包み込むように

     <立つ>

    ・1日計20分は立つ時間を作る

     ※「ユマニチュード入門」(医学書院)を基に作成

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. はやぶさ2 予定通りリュウグウ到着へ 軌道制御に成功
    2. サッカー日本代表 「増量と身長調整は失敗」西野監督
    3. 沖縄慰霊の日 平和の詩「生きる」全文
    4. 小林麻央さん 麻耶“お願い”、海老蔵と交際などの「報道出ないよう見守って」 偲ぶ会でスピーチ(スポニチ)
    5. LCC 「成田-東南アジア」開設続々 「中長距離」競争激化へ 日航や全日空巻き込み /千葉

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]