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GIDの子に2次性徴抑制療法 当事者切迫、医学の助けを=岡山支局・林田奈々

 性同一性障害(GID)の子どもは、声変わりしたり、胸が大きくなったりする「2次性徴」が始まると、精神的に不安定になりやすい。治療の一つとして、2次性徴を抑える療法がある。しかし認知度不足や保険適用できないこと、成長を止めることへの抵抗感などから実施例はごく僅かだ。医療で解決に近付く問題もある。治療が広がらない背景や理由を探った。

    兄の声変わりに焦燥

     「一気に重しが取れたような感じ。治療を受けて良かった」

     中国地方に住む中学1年の麻衣さん(13)=仮名=は、2次性徴を抑える薬を初めて投与された時のことを振り返る。男性の体で生まれたが心は女性。手入れした前髪をピンで留め、ふんわりとしたニットに身を包む。外見は少女そのものだ。

     保育園児の時から「私は女の子」と訴えた。小学校は男児として入学したが、自分の男性名に拒否感があった。自己紹介や、名前を呼ばれて返事をすることができず、いつも独りぼっちでふさぎ込みがちに。家族や教師、医師で話し合い、小学2年から名前を女性風にした。女児として通学するようになると明るさを取り戻した。

     ところが、小学5年の時、衝撃的な出来事があった。年の近い兄の声変わりが始まり、ひげが生え始めた。自分も同じ特徴がもうすぐ現れるのでは、とおびえた。「早く女性の体に」との焦りが以前より強くなり、家で突然泣き出すなど精神的に不安定になった。

     通っていた岡山大病院ジェンダークリニックの勧めで、小学6年から抑制療法の薬の投与を受け始めた。心は落ち着き、今も4週間に1回投与を受け、元気に通学している。

    12歳前後で投与可能

     この療法は、性ホルモンの分泌を抑える物質を注射や点鼻薬で投与し、2次性徴を一時的に止める。短期間であれば副作用はほとんどないとされ、投与をやめれば2次性徴が再び始まる「可逆的」な治療とされる。

     日本精神神経学会のGID診療・治療ガイドラインによると、2次性徴の初期(12歳前後)で体の性別への違和感が強く増している場合、医療チームの判断や親の同意などを条件に投与が可能となる。

     「体の成長に影響し、倫理上の問題も残る」。対象が子どものため、抑制療法に慎重意見も根強い。だが、当事者から「思春期に有効な治療が必要」と切迫した声も聞かれる。

     GIDの子どもは成長に従って自らの性を見極め、男性・女性のホルモン投与や性別適合手術で、心と体の性を一致させていく。ただ、学会ガイドラインは、性ホルモン投与は18歳(一定条件で15歳)以上、適合手術は成年以上と定める。性ホルモン投与でさえも、精子の減少や声が低くなるなど多大な影響をもたらす「不可逆的」療法だからだ。

     一方、2次性徴の進行後に性ホルモンの投与や手術を受けても、望む性の姿になかなか近付くことはできない。例えば、女性として生まれて心が男性の場合、2次性徴の終了後は男性ホルモンを投与しても身長が伸びない。逆の場合、2次性徴による広い肩幅や濃い体毛は、女性ホルモン投与や性別適合手術でも本人の思うようにならず、一生悩み続けることもあるという。

     ホルモン投与は年齢的に早いが、違和感ある性に体が近付くのは納得できない--。このジレンマの解消につながると当事者らが期待するのが抑制療法だった。学会ガイドラインは、治療を学会に報告するよう医師に求め、長期間投与を続けると骨粗しょう症になる恐れがあるため、期間も2年程度をめどとし、その後は中止か性ホルモン投与開始かを検討するよう定めるなど、一定の歯止めも掛けた。

    知識なく受診できず

     しかし、2011年11月に抑制療法がガイドラインに明記されてから、抑制療法の実施例は少ない。毎日新聞が、GID学会の認定医が所属する全国14の医療機関に尋ねたところ、今年1月までに実施された件数は25例だった。

    LGBTなど性的少数者の存在を教育現場はもっと知るべきだと訴える中塚幹也・岡山大教授。「T」のトランスジェンダーはGIDなど生まれ持った性別と認識する性別が異なる人々を指す=岡山市北区で、林田奈々撮影

     GID学会の理事長を務める岡山大の中塚幹也教授は「性同一性障害の子どもが医療機関にたどり着けない問題が大きい」と指摘する。日本精神神経学会の研究グループによると、15年末までにGIDで医療機関を受診した人は約2万2000人に上るが、相当数の子どもが受診できていないとされる。中塚教授は「性同一性障害には医学の助けが必要だが、子どもや周囲の大人にそうした知識がなく、医療に結び付いていない」と話す。高額な治療費もハードルの一つだ。抑制療法は公的医療保険の適用対象外で、治療費は月3万円程度。負担が数年続くため、実施をためらう人もいるという。

     医療側の課題もある。GID認定医で沖縄県浦添市でクリニックを開く山本和儀医師は「専門知識を持つ小児科医が少なく、子どものGIDを診断することに及び腰になっている。データを蓄積し自信を持って診断し、積極的に支援すべきだ」と訴える。

    自殺未遂や不登校も

     体への深刻な違和感から低年齢で自殺未遂を起こしたり、不登校になったりするケースは少なくない。岡山大病院ジェンダークリニックの調査によると、1998~2010年に受診したGID当事者約1200人のうち、半数以上が小学校入学以前に、9割が中学生までに体の性別に違和感を持っていた。自殺を考えたことがある人は6割、自傷や自殺未遂の経験がある人は3割に上り、不登校の経験がある人も3割いた。

     自殺願望の強い時期を見ると、中学生と大学生・社会人の時期という二つのピークがある。原因を探ると、中学生では2次性徴や制服、恋愛に関する悩みが多かった。中塚教授は「2次性徴による体の変化は焦燥感や絶望感につながる。中学生の時期は『危機の年代』と言える」と話す。

     麻衣さんの母親は、抑制療法を受けさせるか悩んだという。性徴を一時的にストップさせることで体に悪影響は出ないのか、そもそも不道徳なのでは--。最終的に麻衣さんの心を守るために治療を決断した。母親は「体よりも先に精神が崩れてしまうと思った。『2次性徴が来たら』と考えただけで不安定だったのに、実際そうなったらどうなるか恐ろしかった」と明かす。そして、投与を受けている間、猶予期間ができた。「今後の生き方について親子で考えることができる。選択肢がある時代に感謝している」

     文部科学省が13年4~12月に初めて行った実態調査では、小中高校に相談しているGIDの児童生徒は606人だった。この数は決して少なくない。男性と女性の枠組みしかなかった社会も徐々に変わりつつある。子どもたちの悩みは時には大人以上だ。正しい知識や生き方の選択肢が届けられ、医療体制と社会の理解が進むことを願う。


     ■ことば

    性同一性障害(GID)

     身体的な性別と心理的な性別が一致せず、強い違和感に苦しむ疾患。精神的な治療だけでは苦痛の改善は困難な場合も多い。正確な統計はないが、国内には患者が4万人以上との推計もある。2004年施行の性同一性障害特例法で(1)2人以上の医師の判断(2)20歳以上(3)結婚していない(4)性別適合手術を受けている--などの条件を満たせば、家庭裁判所に請求し、戸籍の性別が変更できるようになった。文部科学省は15年、GIDの児童生徒に対し、校外の医療機関とも連携してきめ細かな対応をするよう通知している。

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