メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

目は語る

6月 ルーヴル美術館所蔵の「肖像芸術」展 光る構成と珠玉の作品群=高階秀爾

 「肖像」は、美術展覧会にとって、必ずしも人気の高いテーマではない。絶世の美女か名高い英雄ならともかく、遠い昔のよく知らぬ人物の肖像など、およそ芸術的感興に乏しいと考えられているからであろう。

     だが実際には、肖像は絵画の歴史の上で大きな場所を占めている。そればかりではなく、そもそも絵画の起源は肖像にあるという議論すらなされた。古代ローマの博物学者プリニウスは、大百科全書とも言うべき『博物誌』のなかで、ギリシャの陶工ブタデスの娘が、旅に出る恋人の姿をとどめるために、ランプの光で壁に投影された顔の影の輪郭をなぞったと伝えている。それが絵画の始まりだというわけである。プリニウスはさらに、陶工がその影に基づいて粘土で頭部像を作ったとも述べているので、それは彫刻の始まりでもあるということになる。

     このエピソードの真偽はともかく、肖像が不在の人の「身代わり」の役割を負わされていたことは、疑いのないところであろう。死者の面影を伝える葬礼肖像や墓碑彫刻はむろんそうであるし、さらに、宗教的礼拝の対象であるイエス・キリストの姿も、十字架の道行きの途次、「ヴェロニカの布」にその顔が写し出されたという伝説に支えられている。肖像の持つ意味は、深く、重い。

       ■   ■

     現在、東京都港区六本木の国立新美術館で開催されている「ルーヴル美術館展 肖像芸術--人は人をどう表現してきたか」は、古代メソポタミアから19世紀ヨーロッパに至るまでの絵画、彫刻、工芸作品112点によって、「肖像芸術」の豊かな成果を提示してみせた企画展である。時代も、ジャンルも、表現形式も、さらに作品の目的や役割もきわめて多岐にわたる内容を、「肖像」という統一のテーマでつなぎとめて、その歴史的、社会的位置づけを明確にした全3章の巧みな全体構成と、選ばれた作品の質の高さとは、見る者に深い感銘を与えずにはおかない(9月3日まで、次いで大阪市立美術館に巡回)。

     例えば会場冒頭に、思わず息をのむ見事な古代エジプトの「女性の肖像」が置かれている。それはもう1点の古代エジプトの「マスク」とともに、全体構成のなかで「肖像の起源」を告げるプロローグを形成し、おのずから第1章の「記憶のための肖像」へとわれわれを導く。この章に集められているのは、いずれも死者への深い思いに貫かれた作品群である。

     続く第2章「権力の顔」では、一転して皇帝、国王など現世の権力者たちが顔をそろえる。A・J・グロの名作「アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)」を含むナポレオン像やクレオパトラ(?)の肖像も興味深いが、「精神の権威」として、アリストテレスの肖像やウードンによる「ヴォルテールの彫像」が並べられているのも見逃せない。

     第3章「コードとモード」では、人気の高いヴェロネーゼの「美しきナーニ」と呼ばれる女性像をはじめ、レンブラント、ゴヤ、それに王妃マリー・アントワネットの画家として知られるヴィジェ・ル・ブラン夫人の親しみ易(やす)い作品が見ものである。そして最後に、遊び心に溢(あふ)れるアルチンボルドの花や果物による肖像2点が、エピローグとして全体を締めくくる。きわめて見どころの多い展覧会である。なお、フランスと日本の担当学芸員による肖像論と興味深い話題によるコラムも優れた内容であることを付記しておきたい。(たかしな・しゅうじ=大原美術館館長、美術評論家)

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 殺人 「闇ウェブ」専門家刺され死亡 福岡繁華街、男出頭
    2. サッカー日本代表 不安定な川島 西野監督も苦言
    3. 質問なるほドリ 闇ウェブって何なの? 通信内容を暗号化 発信者の特定困難=回答・岡礼子
    4. 福岡男性刺殺 ネット書き込みで恨み 出頭の42歳男逮捕
    5. 福岡男性刺殺 容疑者か ネットに「自首し俺の責任取る」

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]