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ぐるっと首都圏・母校をたずねる

埼玉県立熊谷高/2 友に恵まれ心身育んだ 関口照生さん /東京

 ◆写真家・関口照生さん=1956年度卒

     関口照生さん(79)=1956年度卒=は、少数民族などを訪ねて世界中を飛び回ってきた敏腕の写真家です。埼玉県立熊谷高入学当初は「病弱で静かだった」そうです。友人に支えられて学校に通い続けられた3年間は「感謝しかない」と話し、後輩には「世界を視野に活動の場を広げてほしい」とエールを送ります。【大平明日香】

     東京生まれですが、戦時中の東京大空襲を機に、現在の埼玉県深谷市にいた親戚宅に疎開しました。中学で初期の肺結核にかかり、中学3年の3分の1は学校を休んで自宅療養していました。だから、熊高に入学して1年ぐらいは静かにしていて、友達もあまりいませんでした。

     少しずつ体の調子が良くなり、1年の終わりごろに柔道部に入りました。優しくて親分肌の友達がいて誘われたのです。ひょろひょろの体で体重は50キロちょっとしかなかったのですが、体力はだいぶ回復しました。練習中に2度も骨折し、2年の秋で退部しましたが、道場での汗のにおいとか懐かしいですね。

     2年の途中で、足立区の公営住宅に引っ越しました。ただ、熊高へは午前5時8分の始発電車に乗って片道2時間かかりました。学校に朝着いたらおなかぺこぺこで、弁当をすぐに食べるのです。遅くなって家に帰れない日もあり、同級生がよく家に泊めてくれました。学校そばに住んでいた清水君という友達がいて、定期試験の時はずっと泊まらせてもらいました。お母さんが夕飯を作ってくれ、友達の弁当の卵焼きもおいしくて、毎日お昼にお裾分けしてもらったこともありました。往復4時間の通学は大変でしたが、友達がいたから通えたのだと思います。感謝しかありません。

     経済的な理由で大学には進学せず、卒業後は都内でアルバイトしながら夜は予備校に通う日々でした。友人の紹介で柴田信夫先生のところに住み込みで働くようになり、写真の道へ進みました。その友人は現在富山で活動している写真家の風間耕司です。なぜ知り合いかというと、彼は県立不動岡高校(埼玉県加須市)の生徒なのに、たまに友人がいる熊高の教室にきて一緒に並んで授業を受けていたのです。出席をとらない先生がいたから、ばれなかったんでしょうね。面白いやつでした。

     1980年代にテレビ番組の仕事で世界中の少数民族を訪ね、現地で一緒に暮らしました。アフリカのカラハリ砂漠や北極圏で1カ月以上生活するなど過酷でしたが「人間って面白いな。もっと相手のことを知って写真を撮りたい」と思うようになって54歳で明治大学文学部に入り、考古学を勉強しました。

     今の熊高生にも「東大を目指す」とかそんなことにこだわらず、世界を視野に置いて勉強や仕事する場所を考えてほしい。インターネットの情報ばかりに流されないで、熊谷でゆっくりと思索にふけるのもいいんじゃないかな。

     そして世界に出れば出るほど、古里や友人の大切さも分かってきます。今も同窓会行事に参加するなど、いいお付き合いが続いてます。自分を育んでくれた熊高、そこで出会った友人に感謝しています。

    自分で考え作り上げる

     熊谷高の校訓の一つが「自由と自治」。生徒の自主性を重んじる校風が受け継がれてきた。制服は1969年に廃止されて私服登校となり、頭髪や服装検査はない。

     特徴的な慣習が「カクト」だ。「各自図書館学習」の略で、先生が研修や部活動の引率などで授業に出られない場合の自習時間を指す。どこでどう過ごすかは自由で、自習する生徒もいれば、食堂で友人と談笑したり、校外へ昼食の買い出しに行ったりと思い思いに過ごす。

     修学旅行も4泊5日のうち、広島を出発して京都に到着するまでの中3日のルートは自由で、班ごとに山陰地方や四国などを選択する。また、文化祭は部活動やクラスなど出し物をする単位が設定されておらず、すべて有志でグループを作るため、校舎内や中庭がブースでひしめき合うという。

     一方、定期テスト前には午前8時前から午後8時半ごろまで、教室や渡り廊下の机で自習する姿がみられる。図書館も1、2階の自習席が満席になるなど意欲的だ。自由を満喫するだけでなく、主体的に行事や勉強に取り組む姿に、相模幸之教頭は「学力だけで長い人生を切り開くのは難しい。自分たちで考え、作り上げていく力を身につけてほしい」と願う。=次回は20日に掲載


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    卒業生「私の思い出」募集

     県立熊谷高卒業生のみなさんの「私の思い出」を募集します。300字程度で、学校生活や恩師、友人との思い出、またその後の人生に与えた影響などをお書きください。卒業年度、氏名、年齢、職業、住所、電話番号、あればメールアドレスを明記のうえ、〒100-8051、毎日新聞地方部首都圏版「母校」係(住所不要)へ。メールの場合はshuto@mainichi.co.jpへ。いただいた「思い出」は、紙面や毎日新聞ニュースサイトで紹介することがあります。


     ■人物略歴

    せきぐち・てるお

     1938年生まれ。明治大卒。60年に写真家の柴田信夫氏に師事。カレンダーやポスターなどの広告や雑誌、写真集の撮影を中心にフリーの写真家として活動。ライフワークとして世界の辺境で暮らす人々の取材を続け、作品展「地球の笑顔」を全国各地で開催。2013年、日本スペイン交流400周年親善大使に任命され、慶長遣欧使節団の支倉常長の足跡をたどった写真展「支倉の道」を日本、スペイン両国で開催。倉敷芸術科学大客員教授。妻は女優の竹下景子さん。

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