メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

 商店街から通り1本外れた路地に、その小さな店はある。

     手打ち麺は注文を受けてから切り分けるので少し待たされる。カクテキの赤、ゆで卵の黄、キュウリの緑。黄金色のスープに浮かぶ具の彩りが食欲をそそる。

     新聞やテレビは連日、米朝首脳会談のニュースを伝えている。店の日常とは遠い出来事のようだ。だが主人は会談の行方を見守る。朝鮮半島に本当の平和が訪れてほしい。父の故郷なのだから。

     在日コリアン2世の上田喜代治さん(72)が東京・蒲田に「平壌冷麺」ののれんを掲げて8年。その話を聞きながら、日本と半島の過去と未来に思いがめぐる。

         ◇

     上田さん自身は戦後間もない岩手県に生まれた。苦労したことを尋ねても話したがらない。「どこの家も同じ貧乏だったから」。いつか稼いでいい暮らしがしたいと夢見たという。

     在日1世の男性から「平壌冷麺 食道園」ののれんを譲り受けたのは27歳の時。東北で約20店舗を展開するほど成功したが過剰な事業拡大で行き詰まり、家族で上京して再起を図る。「平壌冷麺」の名前を変えなかったのはなぜか。故郷の味を日本で広げようとした1世への思いがあったのだという。

     客足は伸びたが逆風も吹く。北朝鮮がミサイルを打ち上げ、不審船も日本に漂着した。嫌がらせで店に石を投げられたこともある。しかし上田さんは「うれしかったこと」ばかり話そうとする。

     当時、地元大田区の職員が何度も冷麺を食べに来て「観光客に名物として紹介したい」と告げられた。「こんな時期にいいんですか」と聞き返すと「政治とは関係ありません。おいしいものはおいしいですから」と答えたという。蒲田で有名な羽付きギョーザなどとともに昨年発行のパンフレットに載った。

     岩手の時代から3代にわたって訪れる客もいる。「日本人のお客さんがのれんを守ってくれた」。それが店の支えなのだ。

         ◇

     コシの強い麺をすするとスープが残った。店の壁に「どんぶりを持って飲み干してください」と張り紙がある。味への強い自信だ。

     米朝会談を知っていても、自分の身近にいる在日コリアンの人生や思いを知らない人も多いだろう。そんなことを考えつつ、汁を一気に飲んだ。(論説委員)

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 訃報 B・V・ベイダー氏 63歳・プロレスラー
    2. サッカー日本代表 補欠の浅野が離脱 経験者の香川が激励
    3. 野球漫画 「ドカベン」46年で完結 28日発売号で
    4. 藤枝小4切りつけ 「いじめの復讐」 18歳容疑者説明
    5. アメフット 日大の早期復帰求める 宮川選手が要望書提出

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]