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平昌パラ

金メダリスト村岡桃佳選手 小学生にメッセージ

金メダルと、自らの活躍を報じる毎日小学生新聞を手に、小学生へのメッセージを語る村岡桃佳選手=米田堅持撮影

 韓国・平昌(ピョンチャン)冬季パラリンピックのアルペンスキーで、大回転の金メダルを含む5個のメダルを取った女子座位の村岡桃佳(むらおか・ももか)選手(21)が、毎日新聞東京本社を訪れ、毎日小学生新聞のインタビューに応じた。村岡選手は「私はスポーツと出合って、車いすに乗っている自分が好きになることができました。みなさんも一緒に頑張っていきましょう」と子どもたちにメッセージを送った。【大熊真理子】

 過去最多の49カ国・地域などから569人の選手が出場した平昌パラリンピック。日本からは人が参加したが、なかでも日本選手団の旗手を務め、冬季大会日本選手として最年少の金メダリストに輝いた村岡選手の活躍ぶりはひときわ目を引いた。スーパー大回転、滑降など5種目に出場し、すべての競技でメダルを獲得している。

村岡さんが平昌パラリンピックで獲得した五つのメダル=米田堅持撮影

 村岡選手は平昌パラリンピックでの金メダルについて「初日に行われた滑降で銀メダルを取り『かなり頑張った』と思っていたのですが、信頼している先輩に『桃佳、ふだんの練習はもう2段階くらいギアが上がっている』と言われました。『そうか、まだ上げられるんだ』と考え直しました。続いて出場したスーパー大回転、スーパー複合でも銅メダルを取り、どんどん勝ちたいと思いました。大回転にかける思いは強く、金メダルを狙うならこれと思っていました」と振り返る。

 勝因については「本番は緊張して体が硬くなることが多かったので、柔らかく使おうと意識しました。体を倒せば倒すほどポールを回るときの弧が小さくなり、キュンと速く回ってくれました。今まであいまいだった考えを明確にした結果、いい滑りができました」と分析している。

 村岡選手は1997年生まれで、埼玉県出身。4歳から病気のため車いすを使用し、小学3年からチェアスキーを始めた。本格的に競技スキーに取り組むようになったのは中学2年の時だ。

 小学生の時は「内気でした。外の世界を知るのが怖くて自分から出たがりませんでした。人見知りが激しく、初めて会った人とはほとんどしゃべれませんでした」。

 勉強は好きで、高校生まではよく勉強していた。特に国語や現代文の授業が好きで、得意だったという。「本を読むのが好きなので、テストに小説の問題が出るとほぼ満点を取れました。でも評論文の問題となると間違えてしまい悲しかったです」。好きな作家は東野圭吾。「(東野さんの作品は)スキーを題材にしたものが多いです。知っているゲレンデが舞台になることもあり、『あのゲレンデ!』とうれしくなります」と話す。

平昌パラリンピック、女子回転座位で滑る村岡桃佳選手。このレースで銀メダルを獲得した=旌善アルペンセンターで2018年3月18日、宮武祐希撮影

 現在は、早稲田大学在学中。スキー以外に挑戦してみたいことをたずねると「2020年に東京オリンピック(五輪)・パラリンピックがあるので、夏季で種目は違いますが、何か協力できたらいいなと思っています」。

 また、4年後の北京冬季パラリンピックを視野に「自分でも次の大会に期待しています。周りの方々からも今回以上の成績を期待していただけるのかなと思います。それに応えられるように頑張りたいです」と言い切った。

 小学生へのメッセージを求めると「スポーツと出合って、車いすに乗っている自分が好きになることができました。たくさん努力して金メダルを含む5個のメダルを獲得することができました。もっとたくさんのメダルを獲得できるように頑張っていきたいです。みなさんも一緒に頑張っていきましょう」と元気よく呼びかけた。

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