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社説

金鍾泌元首相の死去 日韓政治対話を重層的に

 韓国の金鍾泌(キムジョンピル)元首相が92歳で死去した。日韓国交正常化の立役者で、半世紀以上にわたり両国関係の発展に尽力してきた知日派の重鎮だ。

     朝鮮戦争後、韓国経済は世界最貧国レベルだった。国益のためには日本の協力が必要との判断で、朴正熙(パクチョンヒ)氏の命を受けた金氏は1962年、大平正芳外相(当時)と計5億ドルの経済協力で合意した。この時の合意は「金・大平メモ」と呼ばれ、3年後に実現する国交正常化の原形となった。

     いったん政界から追放されたが、80年代以降は民主化運動を主導した金大中(キムデジュン)、金泳三(キムヨンサム)両氏とともに政界をリードし、「3金時代」と呼ばれた。97年には朴氏の政敵だった金大中氏と手を結び、21世紀の新しい両国の姿を描いた翌年の日韓共同宣言の採択を後押しした。

     韓国では、金鍾泌氏に対する評価は大きく分かれる。朴氏の軍事クーデターに加担したとの反発が根強く、文在寅(ムンジェイン)大統領は弔問を見送ることを決めた。また、「密室で外交交渉を行った親日派」との批判がつきまとっている。

     かつては植民地時代に教育を受けた堪能な日本語を駆使して、日本政界と深い結びつきがあった政治家が少なくなかった。金鍾泌氏もその一人で、中曽根康弘元首相や竹下登元首相らと親交があった。要人たちは、両国間で困難な問題があるたびに水面下で解決を図っていた。

     ところが、双方とも「戦後生まれ」世代が主流となった2000年代以降、歴史や領土問題の対立が激化している。お互いを理解する姿勢に欠け、むしろ政治が率先して国民感情を刺激している面すらある。

     こんな時こそ重層的な対話が必要なのに、日韓の議員交流は細る一方である。相互訪問は年数回にとどまり、言葉の問題もあり電話で話せる人はごくわずかだ。金鍾泌氏が韓国側の初代会長を務めた議員連盟は、日韓双方とも存在感が薄れている。

     最近は、政治とは無関係に国民間の交流が深まっている。韓国では日本旅行が大ブームで、国民感情が好転するなど前向きな動きもある。

     しかし、政治が果たすべき役割の重要性は変わっていない。恒常的なパイプを構築することの重要性を金鍾泌氏の軌跡が教えている。

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