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ややパリには遠く~ルーアン留学記

フランス語、しゃべれるようになった?

パリのイラン料理屋で食べた「クービーデ」。付け合わせはサフランライス、焼きトマト、生タマネギです。バターはご飯とまぜて。これはイランでも同じ=2018年6月17日午後2時24分、久野華代撮影

 フランス北部・ノルマンディー地方にあるルーアンという町に、フランス語習得のため今年の4月から留学しています。新聞記者の仕事を離れ、留学生活を日記風につづっています。

 「フランス語、少しはしゃべれるようになった?」

 ルーアン留学が始まってから2カ月半。日本から友人たちがメッセージを送ってくれます。どの程度かは先週、語学学校の先生に指摘されたこの一言で伝えられそうです。「注意してね! あなたは動詞を活用せずにしゃべっています」。衝撃でした。自分ではちゃんと活用して話しているつもりだったのに、単語を並べているだけらしいのです。「何でもいいから声に出してみよう」という時期は終わり、「そろそろ正確に話そう」と言われた気がしました。

 フランス語は、主語が「わたしか、あなたか、それ以外か、そして単数か複数か」によって動詞の形が変わります。例えば、「乗り物を運転する」という意味の動詞は「conduire(コンデュイール)」といいます。「私が運転する」のは「je conduis(ジュ コンデュイ)」ですが、「みなさんは運転します」と言うときは「vous conduisez(ブ コンデュイゼ)」と変わります。パターンはありますが、動詞ごとに活用の形を覚えなければいけません(学習用アプリもあります)。

 先生の指摘は、あんたは主語が何でも「コンデュイール」と言っているので気をつけなさいよ、ということです。さらに下宿先の父には「フランス語の主語にはelle(彼女は)とil(彼は)の区別があることを忘れないように。パウラは女の子だからね」とウインクが飛んできました。もちろん、パウラはまっすぐな足にショートパンツが似合う女子学生だと知っています。

 学生の時、イランの言葉・ペルシャ語の習得に励みました。同じように主語によって動詞の活用語尾が変わりますが、定型を覚えて動詞にくっつけるという明快なものです。型を唱えて覚え、イラン人が話しているのを聞いてその「勢い」をまねすれば、徐々にそれらしくなっていったものです。18歳でした。若さだったのでしょうか。ところが今、フランス人が話しているのを聞いてもどれが動詞なのかさえ、聞き逃すことがしばしばあります。

「プチ・テヘラン」へ逃げる

 フランス留学に旅立つにあたり、毎日新聞の同僚で外国語教育などの分野を取材している金秀蓮さんから名著「わたしの外国語学習法」(ロンブ・カトー著、米原万里訳)を託されました。ハンガリー語を母国語とし、独学で16カ国語を理解できるようになった翻訳者・通訳者である著者は、本の中でこう言っています。「学習意欲があまりにも早く減退するような場合は、自分を<鞭(むち)打っ>たりしないこと、だからといって、学習は捨てぬこと。別の形を考えるのです」

 <鞭打たない>式の勉強法は何か。完全に日本語に戻ると学習になりません。でもフランス語からちょっと逃げたい。だからルーアンからバスに乗ってパリの「プチ・テヘラン」とか「リトル・ペルシャ」と呼ばれている地区を目指しました。横浜に中華街があるように、規模はそれほど大きくはありませんが、パリにもイラン料理屋が集まる一角があります。羊の臓物のにおいにむせぶテヘラン下町風か、あるいは民俗調の謎の洞窟風かと、レストランの様子を想像して向かいましたが、どれもはずれ。ここはパリ。ずいぶんとあか抜けていました。

 地下鉄10号線に乗り「シャルル・ミシェル」という駅で降りると、広場の向こうにカーキ色のエッフェル塔が目に入りました。パリのシンボルの南にあたるエリアです。1979年のイラン・イスラム革命を機に、多くのイラン人が欧米に逃れました。フランスにはとりわけ、欧米の価値観を否定した革命を疎む芸術家や知識人が渡ったとされます。そうした人々の感覚が「プチ・テヘラン」には反映していると言われています。

 イランとフランスのつながりは深く、19世紀以降は近代化を目的に多くのイラン人エリートがフランスに派遣されました。ペルシャ語にはその影響でフランス語由来の単語がたくさんあります(家具、水着、エレベーターなど)。革命前のパーレビ朝の時代には、閣僚がみなフランス語を解した時期もあったそうです。

私が訪ねたパリのイラン料理屋さん「ギーラース(さくらんぼ)」。サッカーのワールドカップに合わせて国旗が店先に飾られていました=2018年6月17日午後2時11分、久野華代撮影

 何軒かイランレストランを見比べて「ギーラース(さくらんぼ)」という名前の、ほどほど忙しそうなお店に飛び込みました。店内は青色の家具で統一され、テーブルにはのりのきいた真っ白いテーブルクロスが広げられています。店の人に「お客さん、英語? フランス語?」と聞かれ、迷わず「ペルシャ語で」と答えました。大きな窓からはさんさんと日光が入り、イラン食の名物・サフランライスの黄色がテーブルによく映えること! お店の女性もきびきびと働いています。

 店の人に感動を伝えようと口を開くと、困ったことにフランス語が邪魔しに来ました。私の頭の中の話ですが。

 普段の会話であれほど出てこないのに、こんな時だけブツ切れのフランス語が降ってきて、頭を混乱させるのです。日本語とペルシャ語をつなぐ一本道があって、そこをフランス語がふさぐイメージ。未舗装で人通りの少ない「ペルシャ語通り」に、突貫工事中の「フランス語通り」から土砂がふりかかってくるような、そんな状況です。フランス語はおろかペルシャ語まで出てこないとは悲しくなります。でも注文したひき肉の串焼き「クービーデ」は、まじり気ないイランの味。舌から言語中枢に働きかけます。

それぞれの外国語学習法

 「不覚にもペルシャ語が出てこない」とウエートレスのイラン人女性に話しかけると、自分も苦労している、と言っていました。フランスに来て間もないという彼女は、「誰でもそうですよ。店の中では私も、ペルシャ語と英語とフランス語がまざってしまいます」。場所柄、イラン人以外のお客さんも多いこのお店。コックには英語で、同僚にはペルシャ語で指示を出す彼女は見事な切り替えぶりでした。「混ざってもいい。でも変だな、と思ったらお茶を飲んで落ち着け」ということでした。ピスタチオ、バラの香りの水、サフランというイランの名産品が混ざったアイスクリームを注文し、ミントの葉入り紅茶を飲み、落ち着きを取り戻しました。

 帰りのバスでは、ナイジェリアのラゴス出身という女子学生と一緒になりました。彼女はフランスへ来て4年目だそうで、「DELF」というフランス語の検定試験を受けるようアドバイスをくれました。目標設定が大事だということです。早速来月、挑戦してみることにしました。他の親切な女性たちも、「フランス語の歌で覚えろ」とか、「部屋の中のものというものに付箋を貼れ」など、その日からまねできる方法を教えてくれました。外国人が多いフランス。それぞれの外国語学習法があります。

 16カ国語を身につけたロンブ・カトーは本の中でこうも言っています。「しゃべるのを恐れぬこと。誤りを犯すことを恐れず、それを直してくれるように頼むこと。そして実際に誤りを指摘されたら、がっかりしたり、いじけたりしないこと」。この心の持ちようです。若い頃よりずうずうしくなった分だけ、大人になった今の方が上手にできることもありそうです。【久野華代】

久野華代

1983年三重県生まれ。東京外国語大学を卒業後、2006年に毎日新聞に入り北海道や東京で記者として働いた。日当たりの良いテーブルか、あたたかい布団で本を読むことが好き。寒い部屋ならルイボス茶をいれる。山菜採りも好き。

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