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難民シェフに厨房を開放 人気レストランが考える支援の方法

シリア難民のザイトニさん(中央)に厨房を開放したレストランLe Local共同経営者のベルジェさん(左)とシェフのペラヒアさん=ブリュッセルで2018年6月20日午後5時51分、八田浩輔撮影

 午後7時のオープンを1時間後に控えて店内の空気が張り詰めてきた。繁華街から少し離れたブリュッセル市内の小さなレストラン「Le Local」。ゲストシェフとしてこの夜の厨房(ちゅうぼう)を仕切るムニル・ザイトニさん(32)は、シリア内戦の激戦地アレッポ出身の料理人だ。ベルギーで難民認定された家族を頼ってブリュッセルへ来て、まもなく1年を迎える。それまではドバイのレストランやホテルの厨房で10年近く働いていた。

 共同経営者でシェフのローラ・ペラヒアさん(28)は、ザイトニさんのサポート役に徹していた。

 「次は何をしたらいいか言ってもらえる?」

 「トマトを切ってもらえますか?」

 「わかった。どんな形に切ったらいい?」

 ザイトニさんが手際よく手本を見せるとペラヒアさんはうなずいて黙々とトマトをきざむ。レジ横の電話が鳴った。フロアの準備をしていたマネジャーのオバーヌ・ベルジェさん(32)が厨房をちらりと見た後に受話器を取り、申し訳なさそうに言った。

 「今晩はもう予約でいっぱいです。ごめんなさい」

 難民のゲストシェフを迎える一晩限りのイベントは、主にフェイスブックなどでの告知だけだった。それでも、取り組みに賛同する人たちで満席になっていたのだ。

ブリュッセルのレストランLe Localで厨房に立つシリア出身の料理人ザイトニさん(右)=ブリュッセルで2018年6月20日午後5時39分、八田浩輔撮影

雇用につなげる

 Le Localの取り組みは、6月20日の「世界難民の日」に合わせた「難民フードフェスティバル」の一環だ。難民となったプロの料理人に、受け入れ国の飲食店が厨房を開放するこのイベントは、2016年にパリで始まり今年で3回目。ブリュッセルを含む欧米や南アフリカの14都市に広がった。

 後援する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)広報担当のヤン・デ・ビショップさんはイベントの狙いについて、「難民の受け入れは社会の活力になるという視点を提示し、専門技能がある難民の社会統合を促すためだ」と説明する。ブリュッセルでは前回参加した5人の料理人のうち2人がイベント後にレストランなどに就職した。今回はザイトニさんのほかシリア、イラン、トーゴ出身の計7人の難民料理人が参加した。

 ザイトニさんを受け入れたLe Localは初めての参加だった。Le Localは国産の新鮮な有機食材にこだわり、普段は捨ててしまうような野菜の皮なども違和感なく取り入れたメニューを売りにしている。開業わずか半年ながら、社会や環境に関心の高い客層でにぎわう人気店となった。マネジャーのベルジェさんは主催者側からの打診をすぐに引き受けた。その理由をこう語る。

 「なにより趣旨に共感しました。そして私たちにとっても大きな意味を持つと考えました。難民問題に目を向け、彼らがこの国の人々と同じように働くことができることを示したい」

 料理界では昨今、スター料理人同士のコラボレーションが盛んに行われている。しかし詳しい実績を知らず、食文化もまったく違う料理人に厨房を任せる決断に不安はなかったのだろうか。

 「このレストランは週に2回、外部からシェフを招いています。食材を有効に使ってごみを限りなく減らすという私たちが大切にする価値を他の料理人と共有するためです。だから今回も特別なことではありませんでした。もちろん事前に打ち合わせをしましたが、彼はとてもプロフェッショナルでした。何も心配はありませんでした」

文化のコラボレーション

ザイトニさんが担当した夜のコース料理の前菜。ファラフェル(豆のコロッケ)、ムタバル(焼きナスのペースト)、フムス(ひよこ豆のペースト)、タブレ(クスクスとパセリなどのサラダ)はシリアでも定番の料理という=2018年6月20日午後7時3分、八田浩輔撮影

 ベルジェさんたちは事前に使用可能な食材リストをザイトニさんに送り、期限内にメニューを決めてほしいと頼んだ。

 リクエストしたのはベルギーの季節の食材を使ったシリア料理だ。

 「食材の皮もなるべく余すことなく使ってほしいという私たちのお願いに彼はきちんと応え、締め切りも守ってくれました。簡単なことではありません」「私たちは彼のルーツにあるものを作ってもらいたいと頼みました。(シェフの)ローラはユダヤ系です。二つの文化とルーツが混ざった食事と時間を共有したいと思いました」

 品数や量などを店側と話し合い、この夜は前菜とメイン、デザートがついた33ユーロ(約4200円)の1コースに決まった。メニューにはザイトニさんの名前と簡単な経歴が記された。オープンから1時間後には店外のテラス席も合わせてすべてのテーブルが埋まっていた。Le Localは、条件が合えばザイトニさんを雇用することも考えている。

 ザイトニさんは、ベルギーで4カ月前に長男が生まれたばかりだ。公用語の一つであるオランダ語を学びながら調理師の資格を取るための勉強を始めている。「ブリュッセルは街の規模も大きいし、シリア料理に使う食材もスパイスも手に入ります。いずれここでビジネスを始めたい。やっぱりシリア料理店がいいですね」

「難民は社会の重荷ではない」

シリア難民をゲストシェフに招いた夜、レストランLe Localは予約で満席になった=ブリュッセルで2018年6月20日午後9時34分、八田浩輔撮影

 シリア内戦に伴う未曽有の難民流入は欧州に政治・社会的な分断をもたらしたが、断絶や排斥の動きに抗してLe Localのように難民を受け入れ、支えようとする層は確実に存在する。こうした人々は人道的な観点だけでなく、難民の受け入れは社会に多様性をもたらしプラスになるという見方を共有している。

 6月20日、「難民と移民は受け入れ国にとって『重荷』ではない」という内容の研究論文が米科学誌サイエンス・アドバンシズに掲載された。難民とは自国で迫害を受ける恐れがあり命の危険などから出国を強いられた人々、移民とは一般的に他国で暮らすことを自ら選んだ人々を指し、そのどちらも受け入れ国の経済にプラスの影響を与えることが示唆されたという。

 パリ経済学校などの研究チームが、15年までの30年分のデータをもとに欧州15カ国で難民と移民の流入が経済に与えた影響について分析した。自然災害などの大きなショックがマクロ経済に与える影響を予測する際に使われる数理モデルを使った。それによると、難民の流入は国民1人あたりの国内総生産(GDP)を押し上げ、失業率の引き下げにもつながることが示された。また難民や移民の社会統合に伴う税収の増加は、これらの人々の受け入れにかかる社会的な費用を将来的に上回るという。研究チームは論文をこう締めくくった。

 「難民・移民が経済的な『重荷』であるという型にはまった批判を打ち消すことができれば、政治的な課題にも対処しやすくなるだろう」

再燃する政治危機

 しかし現実はそう簡単ではない。欧州では難民問題に伴う政治危機が再燃している。発足したばかりのイタリアのコンテ政権は、地中海で救助された難民・移民630人が乗った船の入港を拒否し、「無責任」だと批判したフランスのマクロン大統領との対立が一時表面化した。

 UNHCRによると、今年6月22日までに地中海を渡って欧州に入った難民・移民は4万1831人。ペースは昨年の4分の1以下に鈍化しているが、14年からの累計は175万人を超えた。こうした人々の多くが最初に到着するイタリアでは経済的、政治的な負担が限界に達しており、難民・移民に対して厳格なポピュリズム政権を生む土壌となった。

 ドイツでも難民政策を巡って連立政権内での亀裂が拡大。メルケル首相が閣内の強硬派を抑える解決策につなげることができなければ、連立解消もあり得る危機的状況に直面している。

 欧州連合(EU)加盟国に義務づけられた難民受け入れの割り当てを拒み続けているポーランドやハンガリーなど東欧諸国は、6月24日に開催された難民問題を巡るEUの緊急首脳会議への参加すら拒んだ。

 EUは6月28、29日の首脳会議で難民制度改革に道筋をつけたい考えだが、足並みはそろわない。2年前の英国のEU離脱決定を受け、残る27加盟国はさらなる分裂を恐れて難民の受け入れを巡る制度改革の本格的な議論を先延ばしにしてきた。今、そのツケが回ってきている。【八田浩輔】

八田浩輔

ブリュッセル支局 2004年入社。京都支局、科学環境部、外信部などを経て16年春から現職。欧州連合(EU)を中心に欧州の政治や安全保障を担当している。エネルギー問題、生命科学と社会の関係も取材テーマで、これまでに科学ジャーナリスト賞、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞(ともに13年)。共著に「偽りの薬」(毎日新聞社)。Twitter:@kskhatta

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