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論の周辺

論客の死がもたらす空白

 1月に78歳で自死した評論家、西部邁(すすむ)氏の著書刊行が相次いでいる。新装版などの再刊も含むが、半年足らずの間で10冊近くに上り、保守派の論客としての存在の大きさを改めて感じさせる。1980年代から経済学者の枠を超えて活躍し、テレビで議論を戦わせる姿も広く知られた。96年から論壇を見てきた記者にとっては、西部氏が94年に創刊・主宰したオピニオン誌『発言者』(2005年終刊)の印象が強い。

     直接本人に取材したのは05年の1度だけだが、知的でありながら人情味の深さが伝わってきた。また、60年安保反対闘争について調べた際、氏の文章を興味深く読んだ。学生時代の彼は、全学連(全日本学生自治会総連合)主流派を占めたブント(共産主義者同盟)の幹部だった。後に「転向」したわけだが、『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』(86年。これも最近、文春学芸ライブラリーで再刊)などでは自らの「転向」の軌跡も誠実に書いた。

     ここでは『西部邁 発言(1) 「文学」対論』(論創社)に目を向けたい。『発言者』の後継誌『表現者』に05~17年、掲載された対談、座談を収めたものだ。相手は作家の古井由吉、加賀乙彦、辻原登、文芸評論家の秋山駿の各氏。同誌編集長を務め、対談等を企画・司会した文芸評論家、富岡幸一郎氏の「解説」によれば、「西部邁という思想家」と「同時代を生きるすぐれた文学者」との「具体的な架橋としての『対話』」を意図したという。西部氏は「対話の名手」であり、「文学への関心も深かった」。何より自身がユーモアの中にもどこか悲哀の漂う、独自の文体の持ち主だった。

     15年に行われた2歳年長の古井氏との対談では、第二次世界大戦の敗戦で日本人は「屈辱と羞恥」を覚えたと古井氏が述べたのに、こう応じた。「大人たちがその屈辱と羞恥を誤魔化(ごまか)すために(中略)アメリカ仕込みのデモクラシーとかそういうフレッシュな(新しい)ものに自分たちは目覚めたという、できあいの新説の物語を作って、それで自分たちを屈辱感と羞恥心から解放しようとしたんでしょうね。それがまだ七十年も続いている」

     戦後の保守派が「親米」を基調としたのに対し、西部氏は一貫して「反米」を唱えた。アメリカ的な個人主義の思潮が日本社会をむしばんでいると警告を発し続けた。

     英語をはじめ外来の言葉の意味、用法に関するこだわりも西部氏の特徴だった。同じ対談で「ウォント=欲する」という言葉が元来、「欠乏、欠けている」を意味することに触れ、文学の役割を語っている。「本来これが満たされていれば何の欲望も湧かないはずです。しかし、特に近代社会は(中略)イノヴェーションと言って古いものを次々と破壊します。そうすると何か言葉の世界にあるべきものが欠落していく。これを取り戻すという欲望、これを真っ正面から引き受けているのは(中略)近代の文学なんです」

     西部氏が亡くなって1カ月余の3月末、旧ブントのメンバーら約20人が東京都内で集まった。追悼という湿った雰囲気はあまりなく、60年安保の記憶とともに氏の人物と思想を自由に語り合う場だった。ある人は、西部氏が30年以上も前から「俺は自殺する」と言っていたと話し、「どういう死に方にするか、ずっと考えていたのではないか」と述べた。別の人は「西部の死は保守陣営にとって大きな損失ではないか」と指摘した。

     西部氏が「真正保守」と呼んだ思想を受け継ぐ人がいないわけではないとしても、その死が保守論壇にある空白をもたらしたことは否めない。これが日本の思想界のバランスを悪い方向へ傾けはしないか。そういう一抹の懸念がよぎる。杞憂(きゆう)ならいいのだが。【大井浩一】=随時掲載

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