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北海道南西沖地震

25年、もがく奥尻 復興需要は一瞬、過疎化に沈む 死者・不明198人

 1993年7月12日の北海道南西沖地震から12日で25年となる。津波に襲われ198人の死者・行方不明者が出た北海道・奥尻島(奥尻町)は人口が地震前の6割以下になり、急激な過疎化に歯止めが掛からない。地元関係者からは「復興需要に沸く間に、若い人たちが定着できる地域づくりができていれば」と悔やむ声が上がる。

     「復興と後退の25年。あっという間だった」。高さ約11メートルの防潮堤上にある慰霊碑の前で、初松前地区遺族会会長の阿部元大さん(56)は海を見つめた。

     町職員の阿部さんは地震の時、会合で島西部の高台にあるホテルにいた。地区に戻れた翌朝、高いところに民家の2階だけが流れ着いているのが目に入った。高さ約16・8メートルの津波が襲来し、街はがれきの山に。住民約100人のうち34人が死亡し、多忙な両親に代わり世話をしてくれた祖母も命を落とした。

     地震前には、島の活性化を目指す青年団体の一員として祭りの開催や島外での海産物販売などに取り組んでいた。過疎化対策が必要と痛感していたが、地域と生活の再建で手いっぱいになり、活動も自然消滅した。

     大規模な復興工事が始まると、島は活気づいた。だが、事業は5年ほどで完了。景気は一気に冷え込んだ。町の財政も悪化し、漁業後継者の育成事業などに取り組めなくなった。

     島の人口は現在、2690人で高齢化率は37・3%。「島をよりよくしてバトンタッチしていくのが祖母への孝行と考えていた。だが毎年約100人ずつ減り、25年後の震災50年のときは何人が残っているか」と危機感を募らせる。

     この1月、島の沈滞ムードを変えようと、20、30代を中心にしたグループが発足した。若手による地域おこし団体は、阿部さんのとき以来だ。その動きに期待を寄せて、エールを送った。「目先ではなく、50年先を考えて提案、活動をしてほしい」【山下智恵】

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