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傷痍軍人佐賀療養所の思い出を語る鮎川節子さん=山口市の自宅で

「女の気持ち」ダイジェスト

 終戦の天皇陛下の御声を佐賀の傷痍(しょうい)軍人療養所で聞いた。ここの看護婦養成所の学生だった。少し前まで空襲と聞くと防空壕(ごう)に飛び込み、焼夷(しょうい)弾が落ちるのを見ていた。

     今夜も星が瞬き、戦争中と同じような美しい星空。でも焼夷弾は見えないし、流れ星もゆっくり観察できる。これも平和が続くお陰だ。<2017年8月28日西部本社版掲載「美しい星空」>


    傷病兵が語った本音

     夏の夜、満天の星が広がる。山口市小郡下郷の鮎川節子さん(88)は73年前、佐賀県中原(なかばる)村(現みやき町)で見た星空と比べてみる。

     鮎川さんは1944(昭和19)年に中原村の傷痍軍人佐賀療養所の付属看護婦養成所に入学した。父は早世、母は結核で熊本県天草の療養所に入り、佐賀市の伯父に預けられていた。

     国民学校高等科を卒業する時、先生から看護婦養成所が学生を募集していることを教えられ、すぐに応募した。「宿舎があり、資格が取れ、いくらかのお金をもらえると聞き、その日のうちに汽車に乗って申し込みに行った」と鮎川さん。

     だが、帰宅して伯父にしかられた。「伯父は私を食糧営団に入れて、少しでも伯父の家への食料調達を期待していた」

     それでも独立したいとの意思は固く、看護婦養成所に入った。14歳だった。そこは傷痍軍人の世話の場でもあった。けが人もいたが、大半は栄養不足からの結核患者だった。

     「軍人は戦地のことは話さなかった」と言う。それでも10代半ばの少女には気を許した。「早く治って戦地に戻りたいですか」と尋ねると「いいや、早く家に帰りたい」と答えた。学徒出陣の傷病兵は「大学に戻って勉強したい」と。上官には言えない本音だった。

     食事の運び役も務めた。ある時、下げようとした皿に卵焼きが一切れ残っていた。当時の卵は高級品。「おいしそうで食べたかったが、結核がうつってはいけないと、こらえるのに必死だったことを覚えている」

     学生たちの食事は、コーリャン飯か大根飯にわずかに豚の脂が浮いた汁。「銀シャリはまず食べられなかった」。休みは食料調達に出掛けた。「人里離れた農家を訪ねて芋と豆を分けてもらった。これを寮で調理して食べた。他に楽しみなんかなかった」

     米軍機が上空を飛ぶようになると、仲間と防空壕を掘った。といっても穴を掘っただけの青天井の壕で気休めでしかなかった。

     だが、昼でも夜でも空襲警報が出ると全員が壕に走った。「壕から久留米の方が赤く燃えるのが見えた。夜、空を見上げると満天の星。不安の中に美しい景色が交ざっていた」

     佐賀療養所から福岡県久留米市街地は東南に5、6キロ。45年8月11日午前、市街地を狙った空襲があり、214人が犠牲に。翌12日の夕方にも爆撃されている。「久留米の皆さんが気の毒だったし、明日は我が身という思いもした」

     そして敗戦。「神風が吹くと教えられたが、そんなものは吹かなかった。教育とは怖いものです」

     療養所にはホッとした空気が広がった。「私の冗談を軍人さんが笑ってくれるようになった。大学生の軍人と看護婦とで詩のサークルを作り、私の詩が褒められたりした」。傷痍軍人から見初められ結婚した同級生もいた。

    満天の星に平和かみしめ

     だが、敗戦の傷痕は療養所でも感じられた。

     「痛い、痛いー」。あの叫び声は今も鮎川さんの耳に残る。療養所には旧満州(現中国東北部)や朝鮮半島から引き揚げてきた女性らが中絶手術のために訪れた。敗戦後、ソ連兵や現地の人に性的暴行を受けた女性たちとみられる。

     「麻酔はなく、手術は痛かったと思う。でも女性は手術が終わると、その日のうちに列車で帰っていった」。手術の女性を支え、医者に器具を渡すのが鮎川さんの役目だった。女性たちと言葉を交わすことはなかった。

     戦後、現在の長崎県佐世保市のハウステンボス敷地に設置された佐世保引揚援護局の「局史」には暴行のために妊娠した女性について「人工流産を要するものは国立病院療養所へ送院した」と記されている。傷痍軍人佐賀療養所は45年12月、当時の厚生省に管轄が移り、国立佐賀療養所(現在は東佐賀病院)となった。佐世保港に上陸した引き揚げ女性らが佐賀療養所を訪れたようだ。

     鮎川さんは養成所を卒業後、山口県の下関、宇部、小郡町(現山口市)で看護師として働き、70歳まで現役を続けた。「養成所ではほとんど勉強できなかったので、下関の病院で怒られながら必死に仕事を覚えた」と話す。

     その体験も「戦中の苦労に比べれば」という。「平和はありがたい。普通に食べられて、家族が一緒に暮らせる。こんなに幸せでいいのかと思えるくらいです」

      ◇  ◇

     取材後、20分ほど歩いてJR新山口駅に着いた。夏の空もやがて暮れてきた。高層の建物が少なく、駅2階デッキから見上げると星が一つまた一つと瞬く。鮎川さんの言葉を思い出していた。「同じ星空なのに空襲の不安の中で見上げるのと、今、星座好きの息子と眺めるのとでは、見る方の気持ちがこんなに違うのですね」【松田幸三】


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