メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

西日本豪雨

伝統の絹、絶やさない 愛媛の養蚕農家再建へ

水没した蚕棚の部品が使えるか点検する滝本さん=愛媛県大洲市で、山口知撮影

 西日本豪雨で被災した愛媛県の養蚕農家が再建に動き出している。大洲市多田の滝本亀六さん(76)の飼育倉庫は浸水で蚕約15万匹が死んだ。需要も減り、もともと廃業が続いている業界だったが、滝本さんは「絹の需要がある限り続けたい。伝統を絶やすわけにはいかない」と復興も重ね合わせて前を向く。

     高校卒業後に会社勤めをした後、24歳で親が手がけていた養蚕の道に入った。桑畑を2ヘクタールほど持ち、蚕を飼う倉庫2棟で計600平方メートルほどある。

     7月7日未明から昼にかけ、集落を流れる峠川が氾濫した。峠川は、豪雨で甚大な被害をもたらした肱川(ひじかわ)の支流。滝本さん宅近くの肱川自体はあふれなかったが、肱川から峠川へ逆流するのを防ぐため水門が閉められた結果、峠川の水があふれた。

     滝本さんの倉庫も床上1.5メートルほどの高さまで浸水した。飼っていた蚕は死滅、設備もほとんどが使えなくなった。保険には入っておらず、損害は200万円ほどになる。

     平成に入るまでは集落でも10軒以上の養蚕農家がいたが、今は滝本さんと兄家族の2軒のみとなった。桑の葉を育てて蚕を飼い、繭に仕上げるプロセスは繊細な作業。滝本さんの家は後継者が見つからず将来に不安を抱えていたが、「技術があるから続けてこられた」というプライドだけは捨てなかった。

     幸いにも、豪雨後も山にある桑畑はほとんど無事だったことが確認された。蚕糸は合成繊維に市場を奪われてきたとはいえ、乳児用の布団や衣服などデリケートな用途でまだまだニーズはある。被災から落ち着くにつれ、「もう一回投資してみよう」という気になった。飼育再開に向けての具体的な計画はこれから練り始める。「繭を納める時、やりがいを感じる。何とか養蚕の伝統を守っていきたい」。滝本さんは力を込めた。【山口知】

    需要激減、全国で336軒に

     江戸から明治にかけて養蚕は日本の主要産業だったが、合成繊維の普及などで需要は激減。業界団体の大日本蚕糸会によると、繭の収穫量は1967年に全国で約11万4000トンあったが、2017年はわずか125トンだった。67年に47万軒あった農家は17年には336軒まで減った。

     愛媛県では、霧が多く水がきれいな大洲市と西予市を中心に盛んだったが、生産量は減っている。96年度には農家389軒が繭を62.7トン生産していたが、16年度では11軒が3.72トンを生産するにとどまっている。99%以上が大洲、西予両市で作られている。

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 自民党総裁選 石破氏、「応援なら大臣辞めろ」はパワハラ
    2. 質問なるほドリ NHK受信料、支払いは義務? テレビ設置日から 最高裁が初判断=回答・伊藤直孝
    3. 自民党総裁選 発言・論点をはぐらかす 識者が指摘する安倍首相「ご飯論法」の具体例
    4. NHK受信料 憲法判断 契約成立時期なども あす最高裁判決
    5. 宮城県警 交番で警官刺され死亡、男撃たれ死亡 仙台

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです