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もんじゅ廃炉

「何のため協力…」住民、国策に振り回され

70年近く白木地区の歴史などを書き続けている橋本昭三さん=福井県敦賀市で2018年7月17日、梅田麻衣子撮影

 「夢の原子炉」と言われた高速増殖原型炉もんじゅの燃料取り出し作業が始まり、まさに夢のまま廃炉への第1段階を迎えた。もんじゅを敦賀半島の白木地区(福井県敦賀市)に招致した当時の区長、橋本昭三さん(89)は「悩みに悩んで受け入れた。何のために協力したのか」と語る。もんじゅとは何だったのか--。「国策」に振り回された橋本さんの答えはまだ出ていない。【松本光樹】

 作業が始まった30日、橋本さんは自宅にいた。「一生懸命協力してきたので、廃炉が決まって少しやるせない気持ちもあった。そういう気持ちも薄れた。とにかく安全に、それだけです」

 白木地区の公民館に昨年3月、文部科学省と経済産業省の担当者が廃炉の説明に訪れた。それまで地元に一切説明がなく、住民約20人は不満を口にした。橋本さんは黙って耳を傾けていた。

 地区はかつて、隣町にも山を越えるか船で海を渡るしかない陸の孤島だった。土地は限られ、江戸時代からの決まりで分家は禁止。今も15世帯を維持する。

 1970年2月11日、旧動力炉・核燃料開発事業団(現原子力機構)が非公式に建設を申し入れた。「ありえない」。集落移転の可能性もある計画案を橋本さんらは断ったが敦賀半島では同3月に敦賀原発1号機が、同11月には美浜原発1号機が稼働。原発ができた地区に港ができ、道路ができ、家々が建て替えられていく様を白木地区の住民は目の当たりにした。

 71年、地区はもんじゅ建設を認めた。住民は高齢化し、中心産業である漁業も先細る中、集落の存続を懸けた。85年に着工。前後して道路やトンネル、港、防波堤が完成し、多くの住民がもんじゅで働き、全世帯で資金を出し合い食堂経営も始めた。橋本さんは「地域は潤い、子どもたちが将来を選べる集落になった」と振り返る。

 ところが初臨界の1年後の95年12月、ナトリウム漏れ事故が発生した。その後もトラブルは続き、2016年12月、わずか250日の稼働実績を残して廃炉が決まった。

 橋本さんには約70年続く日課がある。郷土史「白木の里」の執筆だ。和室の机で毛筆を手に取り、和紙に地域の出来事などを書き留める。20歳の元旦から始め、9月中には5万枚に届きそうだが、もんじゅ廃炉のくだりはまだない。「ゆっくり気を落ち着かせてから、腰を据えて書きたい」。適当な言葉を見つけられずにいる。

 橋本さんは約30年前から地区の道路脇などにアジサイ約1万株、桜約800本を植えてきた。「もんじゅが良かったか悪かったかは後の世代が決めればいい。あと10年もすれば、ここは桜の里になる」と見やった。

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