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加藤清正

虎皮を贈られ礼状 豪商の伝来文書から発見

加藤清正が後藤勘兵衛から「虎皮1枚と大皿10枚」を贈られて出した礼状=京都市中京区の京都文化博物館で、南陽子撮影

 「虎退治」の猛将として知られる加藤清正(1562~1611年)が正月祝いに虎皮を贈られ、喜びをつづった礼状が、京都を拠点に刀装具の製作を手掛け、豪商でもあった後藤勘兵衛家の伝来文書から見つかった。豊臣秀吉が16世紀末に朝鮮に侵攻した「文禄・慶長の役」で武将らは虎を狩り、秀吉に肉などを贈ったとされる。清正は青年時代に「虎之助」とも名乗っており、研究者は「虎にまつわるエピソードを踏まえた贈り物だったのでは」と注目する。

     勘兵衛家は室町時代に興った金工師、後藤家の分家。刀装具を扱った他、金貨の鋳造、大名への資金貸し付けもしていた。子孫が昨年、文書約70点を京都府に寄贈。京都文化博物館(京都市中京区)の西山剛学芸員が調査し、礼状を確認した。

     西山学芸員によると、清正の礼状は勘兵衛家の初代長乗(ちょうじょう)(1562~1616年)宛てとみられ、「年頭の進物として虎皮1枚と大皿10枚を贈ってもらい、大変に喜ばしい」という意味の文章を記し、清正の花押がある。日付は2月28日で年は不明だが、勘兵衛家に残る他大名の書状と同様、文禄・慶長の役(1592~98年)より後の17世紀初頭と推測される。

     西山学芸員は「礼状は和紙を上下に二つに折って半分を白いまま残し、清正の権威を印象づけている」と指摘。勘兵衛家も礼状は最上級の絹で表装していた。

     清正の虎狩りの逸話は江戸時代に秀吉の伝記「太閤記」などで勇猛さの象徴として庶民に広まり、やりで虎を仕留める絵が盛んに描かれたほか、節句人形の題材にもなった。

     清正に詳しい熊本県立美術館(熊本市中央区)の山田貴司学芸員によると、秀吉は朝鮮へ派遣した武将らに対し、滋養強壮目的で塩漬けの虎肉を送るよう指示。虎を贈った清正に宛てた秀吉の礼状も残り、現地で虎狩りをしたことは間違いないという。

     勘兵衛家が虎皮を贈ったことについて、山田学芸員は「虎狩りは豊臣政権の中で広く知られ、近しい人間の耳に入った」とみている。

     礼状は京都文化博物館で9日まで展示されている。【南陽子】

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