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台風21号

紀伊半島豪雨の被災経験者「避難は早めに」

「『まさか』が起きてからでは手遅れ。もっと早く逃げるしかない」と語る中西和代さん=奈良県五條市内で、稲生陽撮影

和歌山や奈良 7年で追悼行事が中止に

 88人が犠牲になった2011年9月の紀伊半島豪雨から4日で7年となった。和歌山県那智勝浦町や奈良県五條市では、追悼行事が予定されていたが、台風21号接近の影響で中止となった。紀伊半島は今回も大雨の恐れがあり、当時の被災者は「避難は最悪を想像して、早めに動いて」と身をもって訴える。

 「今も雨の日や山道を通るのが怖くて仕方がない。一人きりになると、あの日を思い出して震えが来る」。7年前の豪雨で、五條市大塔町宇井地区の熊野川沿いの自宅が流された中西和代さん(75)はそう振り返る。自身は奇跡的に助かったが、目の前で土砂にのまれた長女麻紀代さん(当時37歳)が帰らぬ人となった。

 被災したのは11年9月4日の午前7時過ぎ。熊野川沿いの山腹が崩壊し、自宅がある対岸の集落に土砂と水が一気に押し寄せた。前月からの雨で山腹が岩盤ごと崩れる「深層崩壊」が起きたとみられている。前日夜から岩が「ごろごろ」と山から転がってくる音が聞こえたという。「長年暮らしていてあの山が崩れるなんて考えられなかった。でも災害はまさかが起こる。起こってからでは遅い」

 麻紀代さんは元々、奈良県内の別の場所で会社員として働いたが、介護が必要な父親のために実家で暮らすように。当日、麻紀代さんが直前に土砂崩れの危険性を感じ、両親を避難させようと家の前で待っていたその瞬間に悲劇が起きた。麻紀代さんが発した「あっ……」という短い悲鳴が今も耳から離れない。

 麻紀代さんが行方不明となり、中西さんは悪夢にうなされるようになった。麻紀代さんの愛車が3年前に近くの河川敷で見つかったが、昨年6月、ようやく自宅の下流十数キロの貯水池で遺体が見つかった。心のどこかに持っていた希望が消えただけで、気持ちは何も変わらない。「もっと生きていてほしかった」。今も優しかった麻紀代さんを思い、火葬した遺体を納骨できずにいる。「ずっと外にいたんだから、家にいさせてあげたい」という。

 今回、参加予定だった市の追悼式が台風の影響で中止になったが、「自然が相手なので仕方がない」と中西さんは言う。そして「家族で後日、改めて手を合わせて冥福を祈りたい」と考えている。【稲生陽】

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