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日経平均先物

取引開始から30年 市場で一定の存在感

日経平均先物の取引開始30年を記念し、先物取引に関係した歴史上の人物らを紹介するパネル展示を見る人たち=大阪市の大阪取引所で2018年9月3日午前11時6分、宇都宮裕一撮影

 戦後国内初の株価指数先物で日経平均株価に連動する「日経平均先物」が3日、1988年の取引開始から30年を迎えた。90年に取引代金ベースで世界一となったが、直後にバブル崩壊に直面し、売買が低迷した時期もあった。しかし、少額から売買できる「ミニ」を2006年に導入するなどして取引高は増加に転じ、世界的に主要な株価指数先物として市場で一定の存在感を示している。

     日経平均先物の誕生には大阪証券取引所(現大阪取引所)が大きく貢献した。1980年代、現物株取引が東京証券取引所へ一極集中し大きな差をつけられると、「東証と互角に渡り合う武器がいる」(当時の理事長、山内宏氏)として株価指数先物市場を開いた。

     株式先物は戦前にもあったが、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)が日本国内での取引を禁止。終戦から40年以上が経過し、ようやく大蔵省(現財務省)が容認に転じた。東証との競争環境が考慮されたためで、東証のTOPIX先物と同日に取引が始まった。

     当時はバブル経済の最盛期。取引高は急増し、90年には取引代金ベースで世界一の株価指数先物となった。だが、バブル経済は崩壊。「先物の価格下落が現物株の下落を加速させた」などと株価暴落の原因としてやり玉に挙げられ、しばらく取引は伸び悩んだ。

     状況を一変させたのが、個人投資家向けの「ミニ」の登場だ。取引単位や担保(証拠金)が通常の先物の10分の1と、少ない資金で売買が可能になった。インターネットの普及や、夕方や夜間など取引時間の拡充も相まって、個人投資家による取引が増えていった。

     金融派生商品(デリバティブ)取引に占める個人投資家の比率は2017年で15%と、00年の2%から大きく伸び、現物株とほぼ同水準に。17年の国内証券取引所におけるデリバティブ取引高は3億2240万単位で、この30年で約14倍に増えたことになる。

     30年の節目にあたり、大阪取引所の山道裕己社長は「デリバティブ取引で、重要なリスクヘッジや価格発見などの機能を提供してきた。今後も日本の金融市場の発展に貢献したい」とのコメントを出した。【宇都宮裕一】

    先物取引

     将来のある期日に、あらかじめ決めた価格で売買することを約束する取引。金融派生商品(デリバティブ)の一種で、事前に取引価格を約束し価格の暴落で損失が出るリスクを回避する。先物の対象となる商品は株価以外にも、金や原油など幅広い。1730年代大阪の堂島米会所がコメの先物を扱ったのが世界初と言われ、その伝統は後に誕生した大阪取引所に受け継がれている。

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