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新聞協会賞:強制不妊の闇に光 本紙キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」受賞

優生保護法をめぐる紙面

新聞協会賞

強制不妊の闇に光 本紙キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」受賞

 それは、基本的人権の尊重をうたった日本国憲法下で、国家が半世紀近くも障害のある人々に不妊手術を強いた「究極の人権侵害」だった。終戦直後の1948年に議員立法でつくられ、96年まで続いた旧優生保護法。改定からさらに20年余、当事者たちは置き去りにされていた。毎日新聞は、宮城県の60代女性が初の国家賠償請求訴訟を仙台地裁に起こす方針であることを昨年12月に特報して以降、法成立から70年間も闇に葬られていた実態に光を当ててきた。国に被害者の救済と責任の明確化を求める報道は今後も続ける。

若手記者、次々に取材参加

旧優生保護法をめぐる昨年12月3日から今年6月25日までの主な記事

 仙台支局から、15歳で優生保護法に基づく不妊手術を強制されたとして、宮城県の60代女性が憲法判断を問う裁判を起こすという内容の原稿が東京本社に送られてきたとき、あからさまに差別的な法律名と生殖能力を封じるおぞましい内容に、「戦後日本の話なのか」といぶかしんだ。旧法に基づき手術されたのは、「同意」も含め計約2万5000人に上るという。

 驚いたのは、これほどひどい被害なのに、国を訴える裁判が過去に見当たらないことだった。同時に、半世紀近く続いた法律が認めていたものを憲法違反に問えるのか。法律は20年以上も前になくなり女性の手術も約40年前で、損害賠償を請求できるのか。そんな「常識」が頭をもたげた。

 女性の弁護団も、不法行為に基づく損害賠償請求権を20年とする民法の「除斥期間」が大きな壁になるだろうと感じていた。

 知的障害があり、意思を思うように伝えられないこの60代女性に代わって遠藤大志(ひろし)記者の取材に答えた義姉が言った。「被害者自らが声を上げられれば、こんなにひどい人権侵害がこんなに長く続くわけがなかったと思います」。障害のため意思表示できないこともさることながら、障害者に対する「健常者」たちの差別意識にこそ問題の本質があるとの指摘であり、「常識」にとらわれていてはいけないと気づかされた。

 昨年12月3日の朝刊で、女性の提訴方針と手術後の人生を台無しにされた悔しさ、裁判上の課題から見える被害の真相を伝える記事を1面と社会面のトップで特報した。反響は大きく、女性への共感や実態解明への期待が集まった。その一方で、「何をいまさら」という冷めた見方や、インターネット上を中心に「マスコミも放置した」との批判もあった。

 東京本社の地方部を中心に、各部をまたぐ取材班ができ、北海道、中部、大阪、西部の各本支社に担当デスクを置いた。目的は、闇に埋もれた実態を一つでも多く明らかにし、被害者救済の仕組み作りにつなげること。旧法の人権侵害をきちんと報じてこなかった反省も胸に刻んだ。

 「旧優生保護法を問う」取材班は当初、遠藤記者と青森支局の岩崎歩記者が各地に保存されている行政記録の開示請求、閲覧から始めた。医療福祉部の藤沢美由紀記者や阿部亮介記者が厚生労働省や国会議員の動きを追い、北海道報道部では、田所柳子デスクらが手術増への道の関与を解明し、手術数が全国最多の実態に迫った。取材対象は国会、行政、司法にわたり、社会部や政治部、調査報道を担う特別報道グループなども加わった。全国の記者たちも日々の仕事をこなしながら取材に当たり、自治体が実態調査などに取り組む原動力になった。

 口を閉ざしてきた人々に取材を続けるのは若い世代が中心だ。口火を切った遠藤記者は32歳。北海道にいる26歳の日下部元美記者は高校時代、倫理の授業で旧法の問題点を学んだことで記者になった後も関心を持ち続け、手術の適否を判定した当時の関係者を全国に訪ね歩いた。29歳の安達恒太郎記者は、原告となる札幌の男性を実名で報じ、本人や妻の苦しみを具体化した。山形県の障害者施設で入所者が相次いで手術されていた実態を伝えた28歳の二村祐士朗記者は、障害者の兄がいることが取材の原点だった。29歳の岩崎記者も各地で声なき声を拾い集め続けている。

 東京本社では30~40代が主軸だ。生活報道部の上東麻子記者は、過去の文献や記録を洗い出し、73年に旧厚生省公衆衛生局長が「遺伝性」を理由にした手術の非科学性を指摘していたと特報した。科学環境部で「現代の優生思想」を追う千葉紀和記者は、戦後の科学者の関与と、連合国軍総司令部(GHQ)が旧法の根拠不備を指摘した米公文書に光を当てた。全国の取材網を通じて東京に集めた都道府県の開示資料を地方部の石丸整デスクが中心となって分析し、詳報した。

 50代のベテランもいる。欧州総局(ロンドン)の矢野純一記者は、かつて断種法のあったスウェーデンを訪ね、被害男性の訴えや同国政府が被害補償に乗り出した経緯を伝えた。こうして全社的に取り組んだ旧法を巡る記事は9月5日現在、600本を超えた。

 毎日新聞の報道を契機に、テレビや新聞だけでなく、インターネットを媒体とする新興メディアも取り上げた。国会は超党派の議員が来年の通常国会での救済法制定を目指し、政府・与党も厚労省に全国調査を求めるなど、解決に向けた動きが本格化している。

 旧法は障害者に対する偏見と差別を助長し、家族も苦しめた。当事者たちは高齢化し、救済は一刻を争う。すべての人が個性を尊重しあえる社会の実現。それは、宮城県の60代女性と家族、その後に続く各地の原告らが勇気を振り絞って訴える願いだ。【取材班デスク・栗田慎一】

障害 人ごとではない

遠藤大志(えんどう・ひろし)仙台支局記者

 仙台支局、取材班代表 遠藤大志記者

 「旧優生保護法を巡り、弁護団が結成される」。仙台支局に赴任した直後の昨年10月、そんな話を関係者から耳にした。当時、私は同法について何も知らなかった。法律の第1条には「不良な子孫の出生を防止する」と目的が掲げられていた。あまりに荒唐無稽(むけい)な内容に思え、にわかには信じがたかった。

 弁護士に取り次いでもらい、強制不妊手術で人権を侵害されたとして、今年1月に全国初の国家賠償請求訴訟を起こすことになった宮城県の60代女性を取材した。県が開示した手術記録によると、女性は15歳。当時の病名で「遺伝性精神薄弱」を理由に卵管を縛る手術を受けていた。取材中、女性は終始にこやかな表情だったが、手術の話になると「痛かった」と顔をゆがませた。

 私はなめらかな発話が難しい軽度の吃音(きつおん)を抱えている。吃音は精神障害者保健福祉手帳交付の対象となる発達障害とされており、障害者差別の問題は人ごとではない。2016年7月に相模原市の障害者施設で、入所者19人を刺殺したとして起訴された元職員の被告は「障害者は不幸をつくる」と供述したという。宮城県の女性の義姉は提訴後、この事件を引き合いに「国は相模原の事件を非難するのであれば優生保護法についても反省すべきだ。社会が過去に向き合わないから優生思想が残っている」と怒りをあらわにした。

 提訴前後から全国の記者が取材を重ね、強制不妊手術を行うに当たって違法行為が疑われる事例が、各地の行政資料などから次々と明らかになった。北海道、福島、滋賀、福岡など9道県で手術の可否を決める審査会が省略され、書面だけの「持ち回り審査」で計24人への手術を決めていた。また、国の統計資料では1万6475人が強制不妊手術を受けたとされるが、手術を実施した都道府県には記録が約2割しか残されていないことも判明した。行政が当時、物言えぬ障害者の人権をいかに軽く見ていたかを痛感した。

 関連資料を読み解いても、手術を推進した側に人権侵害の意識は感じられない。同法は戦後まもなくの国会で議員提案され、全会一致で成立した。ある議員は国会内で民族の「資質向上」を掲げ、「遺伝的な犯罪者」への手術の拡大など、手術件数増を執拗(しつよう)に要請していた。

 五十数年前に知的障害のある女性の手術申請に携わった岡田靖雄医師(87)=東京都杉並区=は「申請当時、何ら疑念を抱かなかった」と、取材した私に告白した。一方で「人権侵害に加担した事実は隠さない。関わった医師は実名で証言すべきだ」と訴える。

 宮城県の女性の訴訟で、原告側弁護団は毎日新聞をはじめとする報道に触れ「抑えつけられてきた被害救済を求める運動がマグマのように一斉に噴き出している」と意見陳述した。訴訟の動きは相次ぎ、現在、宮城県のほか北海道、東京都、熊本県で男女計7人が提訴している。

 国会では救済法制定に向けた議論が続いている。ただ、強制手術の実態については、その一端が明らかになったに過ぎない。今後も取材を継続し、当事者救済に向けて弾みをつけることがメディアに課された責務と思っている。

調査報道 当事者救済導く

松原洋子・立命館大教授=京都市中京区で、千葉紀和撮影

 立命館大大学院 先端総合学術研究科教授 松原洋子氏

 旧優生保護法における強制不妊手術の実態解明について、メディアの果たした役割は大きい。特に毎日新聞は手術を強制された当事者のみならず、手術に関わった医師や専門家らの声を多角的に取り上げ、法律の成立過程や手術関連記録を深掘りする記事を掲載するなど充実した報道を展開した。当事者救済への動きをけん引したという点で、その功績は特筆すべきだ。

 ハンセン病患者への不妊手術は知られていたが、旧法が指定した障害に基づく強制不妊の実態は闇の中だった。だが、宮城県の一人の女性が約20年前から被害を訴える活動を支援者とともに粘り強く続け、今年1月には強制手術の被害が公文書で初めて裏付けられた別の女性が国を提訴した。これによって、救済に向けて事態が大きく動き出したといえる。

 毎日新聞は裁判や国の動きだけでなく、手術の実態解明に向けた調査報道にも力を入れた。手術記録の保存状況を問う全国自治体アンケートや、全国一斉の情報開示請求は地方支局の機動力を生かした全国紙ならではの展開だ。手術は国が都道府県に委任していたため、手術記録は地方に集中している。こうした大規模で集中的な調査は研究者でもなし得なかった。

 1996年に法律が母体保護法に改定された際、なぜ集中的に報道できなかったのかという批判もある。しかし、当時の状況では難しかったと考える。例えば、日本が国連の障害者権利条約を批准したのは2014年。社会にノーマライゼーションの思想が徹底してきたのは実は最近のことなのだ。

 実際に、一連の報道には80年代以降に生まれた若い世代の記者が多く携わっている印象を受ける。旧優生保護法について「おかしい」といえる社会が実現したならば感慨深い。だが、その背後には障害者によるたゆまぬ権利獲得の運動があったことを忘れてはならない。毎日新聞には今後もマイノリティーの声なき声を拾い、過去の実態に迫る調査報道を継続してくれることを期待したい。(談)

日本新聞協会賞

毎日新聞の新聞協会賞受賞(編集部門)

 全国130の新聞社・通信社・放送局が加盟する一般社団法人「日本新聞協会」(東京都千代田区)が1957年に創設した年1度のグランプリ。編集、経営・業務、技術の3部門それぞれの顕著な功績に、賞状と金メダルを贈る。キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」は編集部門で選ばれた。毎日新聞の編集部門での受賞は3年連続で最多の30件目。

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