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欧州ニュースアラカルト

トランプ、マケインとNATO

NATOの新しい本部ビル=ブリュッセルで2018年6月7日午後5時42分、八田浩輔撮影

 ベルギーの首都ブリュッセルに新築された北大西洋条約機構(NATO)の本部ビルに、先月死去した米共和党重鎮のジョン・マケイン上院議員の名を冠する案が浮上している。歴代のNATO事務総長が「環大西洋の結束の象徴に」と提案した。米欧の安全保障の基盤であるNATOを軽視するような言動を繰り返すトランプ米大統領に対する欧州側の落胆と表裏一体の動きだ。

 「ジョン・マケインの生涯と業績ほど鮮やかに、この環大西洋同盟、そして米国の指導力の不朽の利益を象徴するものはない」

 マケイン氏の死去から5日後の先月30日、英紙タイムズに「マケインとNATO」と題した約140語の短い寄稿が載った。筆者に名を連ねたアナス・フォー・ラスムセン(デンマーク)、ジョージ・ロバートソン(英国)、ハビエル・ソラナ(スペイン)の3氏はいずれもNATOの顔である事務総長を務めた人物だ。今年稼働したNATOの本部ビルにマケイン氏の名前をつけるべきだと提案する文書に、トランプ氏への直接的な言及はない。しかしその文脈からは、国際秩序を漂流に導く異質な大統領への懸念がにじむ。

 マケイン氏は海軍出身でベトナム戦争の「英雄」。同盟国との関係重視の立場を強調し、直近では上院の軍事委員長として予算を含む国防政策に目を光らせた。NATOを軽んじ、ロシアに甘いトランプ政権の外交・安保政策に厳しい批判を続け、亡くなる1カ月半前には、ブリュッセルで開かれたNATO首脳会議を受けて次のような声明を出している。

 「NATOサミットでのトランプ大統領の言動には失望したが、驚きはなかった。大統領の誤りを含む声明や虚勢について、ただ1人の男の言葉という以外に分析する意味はない」「米国人と連邦議会は、環大西洋同盟を信じている。そして同盟国側もまた、我々のことを信じているのは明白だ」

「同盟国の価値を無視した最初の大統領」

NATO首脳会議で記者会見するトランプ米大統領(中央)=ブリュッセルで2018年7月12日午後0時20分、八田浩輔撮影

 この首脳会議でトランプ氏は、他の加盟国が国防支出を早期に引き上げなければ「米国は独自の道を行く」と離脱を示唆するような発言があったと報じられた。さらに、NATO共通の国防費支出目標を国内総生産(GDP)比の2%から4%に倍増すべきだと主張し、根拠不明な提案に困惑が広がった。

 また独露間をつなぐ天然ガスのパイプライン計画をやり玉に挙げ、「ドイツはエネルギーの60~70%をロシアから得ている」「ドイツはロシアの捕虜」だと非難した。ドイツは確かに天然ガスではロシアに依存するが、国内のエネルギー構成では天然ガスは2割に満たない。一方、自国の液化天然ガス(LNG)を売り込むトランプ氏にとって、欧州がロシアのガス依存度を下げることは商機にほかならない。

 先の寄稿に名を連ねたソラナ氏は、首脳会議後の論文で「ドナルド・トランプは欧州諸国に国防費の引き上げを求めた最初の米大統領ではないが、米国の同盟国の価値を無視した最初の大統領である」と書いた。

 NATO内では過去にもイラク戦争開戦などを巡り米欧間に重大な亀裂が生じたこともあったが、米大統領がドイツを「ロシアの捕虜」と公にこき下ろし、集団的自衛権の行使に懐疑的な発言を繰り返す状況は異常と言うほかない。NATOは米同時多発テロ(2001年9月11日)を受けて、最強の軍事力を誇る米国を他の同盟国が支援する形で初めて集団的自衛権を行使した経緯がある。

 ただ公正を期すならば、あるNATO筋は「トランプ大統領が不満を公にしたことは(欧州の加盟国の国防費引き上げに)大きな効果があった」と一定の評価をくだす。またロシアを念頭に東欧でのNATO軍の即応体制は着実に強化されており、米軍のプレゼンスも増している。複数のNATO外交筋が「(トランプ政権に対する)実務者と外部の評価は大きく異なる」と声をそろえる。

NATOは「慎重に検討」

米同時多発テロで被害を受けた世界貿易センタービルの一部。NATO集団安全保障の象徴として本部ビル前の通路に置かれている=ブリュッセルで2018年6月6日午後1時41分、八田浩輔撮影

 今月1日、ワシントン大聖堂で行われたマケイン氏の葬儀で弔辞を述べたオバマ前大統領は、「ジョンは、私たちの安全や影響力は、単に軍事力や富で得るものではなく、相手を意のままにする力で得るものでもないと理解していた」と悼んだ。党派を超えて政界の有力者が列席した葬儀について、米有力シンクタンク・外交問題評議会のリチャード・ハース会長は「世界が称賛した米国がまだ存在することを示す重要な外交的メッセージだった」とツイッターで評した。招かれず欠席したトランプ大統領は、ゴルフ場で1日を過ごしたと報じられている。

 NATOは、今回の歴代事務総長からの提案を「慎重に検討する」(広報官)という。英国会議員の呼びかけでインターネット署名も始まった。一方で「トランプの時代」でなければ、マケイン氏の名前をNATO本部に残すアイデアは生まれただろうか。ホワイトハウスとの距離に腐心する現職のストルテンベルグ事務総長は板挟みの苦しい立場に置かれた。トランプ氏は、総工費10億ユーロ(1290億円)超の本部ビルに「偉大な」米国人の名前が付くことに異論はないだろう。ただし、それにふさわしい人物は自分であると信じているに違いない。【八田浩輔】

八田浩輔

ブリュッセル支局 2004年入社。京都支局、科学環境部、外信部などを経て16年春から現職。欧州連合(EU)を中心に欧州の政治や安全保障を担当している。エネルギー問題、生命科学と社会の関係も取材テーマで、これまでに科学ジャーナリスト賞、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞(ともに13年)。共著に「偽りの薬」(毎日新聞社)。Twitter:@kskhatta

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