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北海道震度7

給油所に列2キロ「冬なら…」暗い街を走る

 街は穏やかだった。信号が消えていても、渋滞もない。崩れた家も見当たらない。でも、どこか落ち着かない--。私は6日、東京から空路で被災地に向かった。北海道はかつて3年間勤務した地。札幌市内でレンタカーを確保した午後5時過ぎ、胆振(いぶり)地方を目指して国道36号を南下した。札幌ドームの銀色の屋根に夕日が傾きかける。道内全域の約295万戸が停電した6日未明の大地震。初めての夜が迫っていた。

     「食料や衣料品は事前に十分用意して行くように」。上司の指示で、東京都内である程度は買いそろえた。「札幌でも追加調達できるだろう」。そう思いながら6日午後、同僚記者と2人で帯広空港(北海道帯広市)に入った。

     何度も走った国道36号は、いつもと変わらないように見えた。甘かった。国道沿いのコンビニエンスストア、ホームセンター、衣料品店、スーパー……。豊平区、北広島市、恵庭市、千歳市、苫小牧市と、南下するたびによく見る看板が目に入ったが、営業店が見当たらない。現金を下ろそうにも、コンビニが開いていない。そもそもATM(現金自動受払機)が、停電で動かないだろう。

     新千歳空港を過ぎる頃に日が暮れ、ウトナイ湖の近くで暗闇に包まれた。いつもは等間隔で原野を照らす街灯も消えている。2時間ほど走って、苫小牧市の中心部にたどり着いた。かろうじて営業しているガソリンスタンドの前で、車列が2キロ近く伸びていた。東日本大震災で、発生直後の福島県の被災地に入ったことを思い出した。7年前の3月11日のように寒い日だったら……。北海道の冬の厳しさを考えると、空恐ろしくなった。

     「夕方ごろに電気がつきました」。苫小牧市郊外の宿泊先に着くと、市内に住む男性従業員(45)が教えてくれた。「でも自宅はまだ停電です。いつまでこういう生活が続くのか」。男性からため息が漏れた。

     たとえ街が壊滅的な被害を受けなくても、電気がなくなれば普通の営みはあっという間に失われる。そんなもろい基盤の上で私たちは生きている。久しぶりの電灯の下で、思いを新たにした。

    【伊藤直孝】

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