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全米テニス

全米制覇は大坂の序章 元プロ記者観戦記

ポイントを取り、ガッツポーズの大坂=2018年9月8日、AP

 米国・ニューヨークで8日(日本時間9日)に行われたテニスの全米オープン女子シングルス決勝で、大坂なおみ(20)が日本選手として初めて4大大会シングルス優勝を果たした。大坂は何度も平常心を奪われかねない場面がありながら、最後まで落ち着いたプレーで勝利を呼び込んだ。現地で決勝を取材した元プロテニスプレーヤーで4大大会出場経験のある本紙の長野宏美記者(ロサンゼルス支局)が、勝敗を分けたポイントなどをつづった。

 伝統と格式を重んじるウィンブルドンがクラシックコンサートなら、にぎやかに観戦する全米オープンはロックコンサートだ。コートチェンジの間にはアップテンポの音楽が流れ、会場の大画面には観戦に来たセレブが次々に映し出される。この日も歌手のアリシア・キーズさんや女優のタラジ・ヘンソンさんらの姿が映り、会場を沸かせた。

 私は大坂選手が生まれる前に全米オープンに出場したことがある。最高成績は1995年のダブルス2回戦進出だ。無名選手だったので、試合というよりエンターテインメント会場のような大舞台に浮足立ったのを覚えている。

 この日の決勝。大坂選手に続いて入場したセリーナ・ウィリアムズ選手(36)はひときわ大きな歓声で迎えられた。会場は、昨年9月の出産を経てから初の全米制覇を期待する観客の熱気に包まれた。

 この「アウェー」の中、初めて4大大会の決勝に進んだ新鋭は実力を発揮できるのか。この試合で3度、集中力が試される場面があったが、まずは出だしが重要だった。

 テニスは1ポイントの積み重ねで勝負が決まるが、試合には流れがある。特にスターが相手の大舞台では、初めに離されると自分のテニスを見失ってしまう。

 大坂選手のコーチ、サーシャ・バイン氏の助言も「セリーナはスロースターターなので、出だしを積極的に」だった。助言通り、大坂選手は攻めた。ウィリアムズ選手も主導権を握ろうと、序盤からパワフルなショットで左右に揺さぶった。だが、大坂選手は難なく返す。

 「ナオミは大舞台ほど強い」。バイン氏の言葉通りだった。長いラリーが続いても体の軸がぶれず、強打で返す。深いボールに対しては膝を地面につけるほど重心を落として安定させるので、パワーに押されない。ウィリアムズ選手は力でねじ込むようなタイプだが、大坂選手はしなやかさを兼ね備え、相手の強打を利用して、さらなる強打で返した。

 追い込まれたウィリアムズ選手はパワーで壁を破ろうとし、力んでミスを重ねた。2セットで凡ミスは大坂選手の14本に対し、ウィリアムズ選手は21本でダブルフォールトも6本に上ったが、大坂選手が相手を動揺させ、ミスを誘ったと言える。

 大坂選手が「最も集中した」というのは第2セットで4度のデュースの末、サーブを落とし、1-3にされたゲーム。ブレークをし返せなかったら、「観客がもっと彼女寄りになって、彼女を奮い立たせることになる」と引き締めた。

 4-3と逆転した場面ではウィリアムズ選手が暴言によるペナルティーで1ゲームを失い、観客のブーイングが鳴り響いた。大坂選手はここでも集中力を乱さず落ち着いていた。何しろ強力なサーブを持つので余裕がある。2本目のマッチポイント。バックサイドに入った強烈なサーブが相手のラケットをはじいた。

 かつて私が全米に出た頃、1歳年上の伊達公子さん(47)が全豪(94年)や全仏(95年)の女子シングルスでベスト4に入る活躍をしていた。それが刺激となり、日本から4大大会へ一度に10人以上の女子選手が出場したこともあった。大坂選手もウィリアムズ選手に憧れていたという。全米制覇は彼女の活躍の序章に過ぎないと思う。これからは彼女が先頭に立ってテニス界を引っ張っていく番だ。

 【略歴】ながの・ひろみ 2003年入社。水戸支局、東京社会部、外信部を経て15年4月から現職。08年北京五輪を現地で取材した。元プロテニスプレーヤーで、1995年全日本選手権シングルス3位、ダブルス準優勝。ウィンブルドン選手権など4大大会にも出場した。

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