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東日本大震災7年半

76歳医師、避難者の健康支え 浪江

身ぶりを交え、患者に説明する関根俊二医師(左)=福島県二本松市油井の仮設津島診療所で2018年9月11日、高橋隆輔撮影

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故以来、避難生活を強いられている福島県浪江町津島地区の住民たちを支える医師がいる。関根俊二さん、76歳。21年前に同地区の津島診療所に赴任し、内陸に約30キロ離れた同県二本松市の仮設診療所で診察を続けている。長引く避難生活の中で健康を害したり、伴侶を亡くしたりした住民は多い。東日本大震災から7年半の11日も、笑顔で患者を迎えた。

 「薬はちゃんと毎日のむんだよ」。11日午前、二本松市の復興住宅「石倉団地」にある浪江町営の仮設津島診療所。訪れるのは、近隣に避難する町の住民だ。患者の家族構成や友人関係なども把握している関根医師は、雑談を交えながら診察する。

 同県本宮市に避難している紺野礼子さん(83)は「ここに来るときは話をするのも楽しみ。長いこと診てもらっている先生だから気持ちが落ち着く」と話す。紺野さんは震災の翌年、50年以上連れ添った夫を亡くした。不安が膨らんでいた頃、関根医師に「先生はいつまでいてくれるんですか」と尋ねたことがある。「診療所があって、みんながいる限りここにいるよ」。関根医師は笑って答えた。

 関根医師は1997年、当時勤めていた国立病院から津島診療所に着任した。任期が終わりに近づき、後任も決まっていた11年3月、原発事故が起きた。

 事故後、避難を余儀なくされ、行政施設や旅館に臨時の診療所を構えた。薬剤や機材が足りず、救急車を手配できないときには、消防車に布団を敷いて患者を搬送した。

 復興の進展に伴い、診療所も仮設住宅、復興住宅と移転した。避難指示区域内にあった医療機関で、7年半にわたり休止することなく診察を続けているのは津島診療所のみだ。

 長期の避難生活で、経過する年数以上に早く衰え、亡くなる患者が多くなった。農作業などで元気に動き回っていた人が、避難生活を始めてからあっという間につえをついたり、寝たきりになったりした。酒ばかり飲んで生活習慣病になった人もいた。原発事故前の津島では考えられない姿だった。

 「診療所がある限り、避難者の健康をできるだけ守りたい」。20年来、住民を診察し続けたからこそできることがある。原発事故に翻弄(ほんろう)された住民を見守り続けたいと考えている。【高橋隆輔】

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