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ぐるっと首都圏・母校をたずねる

茨城県立日立一高/6 仲間と部活動が原点 田中信太郎さん /東京

 ◆現代美術家・田中信太郎さん=1958年度卒

     現代美術家の田中信太郎さん(78)=1958年度卒=は茨城県立日立一高の美術部に所属し、デッサンに明け暮れました。30代にベネチア(イタリア)とサンパウロ(ブラジル)の2大ビエンナーレ(美術展覧会)などに出品し、国際的に認められました。原点は高校時代の部活動だそうです。「日立一高なくして今の私はない」と熱く語ります。【佐藤則夫】

     今は茨城県日立市諏訪町の山中にアトリエがあります。育った町で一生を終えたいと1972年に戻りました。毎朝午前5時半に起床しラジオ体操をして風呂に入ります。天気が良ければ山道を散歩しながら、作品の構想を練っています。

     最初に日立市に来たのは4歳で、太平洋戦争の戦況が悪化し、千葉県から疎開してきました。日立空襲では空が真っ赤に染まり、一面が焼け野原になったのを鮮明に覚えています。1トン爆弾が落ちてできた大きな穴に雨水がたまり、いかだを浮かべて遊びました。

     小学生の頃から絵を描くのが好きで、家の部屋の壁や柱などは落書きでいっぱいでした。中学時代は美術部の部長を務めました。日立一高の美術部が活動的だったのを中学時代から知っていたので、迷わず進学先に選びました。当時の美術部は先輩を含めて多士済々でした。自由美術協会員の田所幸一さん(故人)=54年度卒=ら先輩が時々訪れ、いろいろとアドバイスもしてくれました。それが美術家としての基礎になったのです。先生も良かった。芸術を理解していないとか言いたくなるでしょうが、「好きなように描けばいいよ」と言って、作品評価をしなかった。だから私のような変な作家が生まれたのかもしれません。

     面倒くさがりで髪を伸ばしていたら、学校から「散髪してこい」と注意されました。「私の自由だ。散髪する気はない」と突っぱね、担任の先生に「退学します」とまで、たんかを切ったことがあります。長髪問題はそのうち、うやむやになりました。

     東京芸術大の受験に失敗し、高校卒業後に上京しました。18歳で読売アンデパンダン展に出品したのが縁で、60年に結成された前衛芸術グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の一員になり、独学で勉強をしました。そこで結成メンバーの赤瀬川原平さんらと知り合いました。高校を出たばかりの新参者の私にとって、さまざまな考え方や方向性を持ったメンバーがいるグループで活動できたことは面白かった。

     30代で「美術のオリンピック」とも称されるベネチア・ビエンナーレに国の代表で出品し、もうこれでやることがなくなったと思いました。それで良くも悪くも思い出が一番ある、私を育ててくれた日立市に戻ってきたのです。日立一高の同級生や美術部の仲間、そしてネオ・ダダで知り合った人たちとのつながりは、今でも大きな財産です。

    節度と礼儀わきまえ 服装自由化

     日立一高には「自主・自律」の伝統的な校風が根づいている。その象徴の一つが、生徒の服装の自由だ。茨城県の公立高で制服がないのは水戸一高と2校しかない。

     1960年代、大学紛争を契機に全国の高校でも校則反対などの紛争が広まった。日立一高の生徒会執行部も71年6月、学校側に服装の自由化を提案したのが発端という。

     当時、生徒側は生徒会総会やクラスで自由化の是非を議論し、学校側も生徒指導部会や職員会議などで話し合った。保護者アンケートのほか、すでに自由化に踏み切っていた県内外の高校も視察した。約2年半にわたり議論し、自由化したのは74年2月だった。

     その際「華美、奇抜、高価なものではなく、高校生に相応(ふさわ)しい、節度と礼儀をわきまえたもの」というルールが決められ、継承されている。

     ただ、女子生徒の中には、おしゃれにデザインされた制服への憧れもあるという。好みのジャケットやシャツ、リボン、スカートを自由にコーディネートした“なんちゃって制服”を着て通学する女子生徒もいる。卒業式には、男子はスーツ、女子ははかま姿で出席するという。=次回は19日に掲載


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    卒業生「私の思い出」募集

     茨城県立日立一高卒業生のみなさんの「私の思い出」を募集します。300字程度で、学校生活や恩師、友人との思い出、またその後の人生に与えた影響などをお書きください。卒業年度、氏名、年齢、職業、住所、電話番号、あればメールアドレスを明記のうえ、〒100-8051、毎日新聞地方部首都圏版「母校」係(住所不要)へ。メールの場合はshuto@mainichi.co.jpへ。いただいた「思い出」は、紙面や毎日新聞ニュースサイトで紹介することがあります。


     ■人物略歴

    たなか・しんたろう

     1940年、東京都立川市生まれ。76年、文化庁芸術家在外研修員としてニューヨーク、パリに滞在。パリ青年ビエンナーレ(69年)、サンパウロ・ビエンナーレ(71年)、ベネチア・ビエンナーレ(72年)、インド・トリエンナーレ(2001年)など数多くの国際美術展に出品。16年に茨城県で開催された県北芸術祭にも出展した。

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