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疑問氷解

天気予報の歴史を知りたい。

発表された初の天気図など

 Q 天気予報てんきよほう歴史れきしりたい。(大分市おおいたししょう4、女子じょし

    予報よほう開始かいしは1800年代ねんだい戦争せんそう提供中止ていきょうちゅうし

     A 天気予報てんきよほう発表はっぴょうしているくに機関きかん気象庁きしょうちょう予報官よほうかん立原秀一たちはらしゅういちさんにおしえてもらいました。

     天気てんき生活せいかつ密着みっちゃくしているので、むかしひとたちもなんとかして明日あす天気てんきろうとしていました。紀元前きげんぜん350ねんごろに古代こだいギリシャの哲学者てつがくしゃ、アリストテレスが、気象学きしょうがくほんいたとされています。しかし、むかし予報よほうをするうえ必要ひつような、気温きおん気圧きあつなどをはか道具どうぐもなかったので、「夕焼ゆうやけになればつぎれ」「太陽たいようひかりっかがかかるとつぎあめ」など、人々ひとびと経験則けいけんそくから、天気てんき予想よそうしていました。

     1600年代ねんだいごろ、温度計おんどけい気圧計きあつけい発明はつめいされ、気象きしょうデータがどんどん蓄積ちくせきされていき、研究けんきゅうすすみました。そして1800年代半ねんだいなかばには、日本にっぽんさきんじて、ヨーロッパやアメリカで天気予報てんきよほうはじまりました。

     日本にっぽんでは明治時代めいじじだいくに発展はってんのために必要ひつようだと、ヨーロッパから技術者ぎじゅつしゃび、天気予報てんきよほうけた観測かんそくはじめました。そして1884ねん日本初にほんはつ天気予報てんきよほう発表はっぴょうされます。「全国ぜんこくでは、かぜきがさだまらず、天気てんきわりやすく、ただし雨天うてんがち」というようにかれたかみが、東京とうきょう交番こうばんされました。日本各地にほんかくち予報よほうをわずか1ぶん表現ひょうげんしています。

     その新聞しんぶんやラジオがげ、どんどん身近みぢかになっていきましたが、戦時中せんじちゅうの1941ねんには、情報提供じょうほうていきょうすべ中止ちゅうしされ、国民こくみんにはらされなくなりました。天気てんきぐん作戦さくせん必要ひつよう極秘扱ごくひあつかいとされたからです。

     天気予報てんきよほうがめざましい進化しんかげたのは、戦後せんごのことです。週間天気予報しゅうかんてんきよほうやテレビ放送ほうそうはじまりました。全国約ぜんこくやく1300の観測所かんそくじょ降雨量こううりょうなどを観測かんそくする「アメダス」、気象衛星きしょうえいせい、レーダーでさまざまなデータをあつめられるようにもなりました。

     59ねんにコンピューターが導入どうにゅうされ、いまは、より性能せいのうのいいスーパーコンピューターが稼働かどうしています。スーパーコンピューターも徐々じょじょ進化しんかし、今年ことしの6がつ更新こうしんされたものは今後こんご台風たいふう勢力せいりょくを5日先いつかさきまで予想よそうできるようになるそうです。

     しかし、立原たちはらさんは「気象きしょうむずかしくて、非常ひじょう微妙びみょう現象げんしょうで、コンピューターの計算けいさんだけで予報よほうすることはまだできません」とはなします。やはり最終的さいしゅうてきには、地域ちいき天気てんきくわしく、経験豊けいけんゆたかな予報官よほうかん確認かくにんし、過去かこ知識ちしきなどをまえたうえで、発表はっぴょうしているそうです。【篠崎真理子しのざきまりこ

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