先月末。裕子から、電話があった。4か月ぶりの連絡だ。どうしたのだろう。
「……もしもし?」
「ハナエちゃん。コンタが、死んじゃったよ」
裕子は泣きじゃくっている。すぐに彼女の家へ向かった。
裕子と大げんかしたのは、夏。何回話しても、お互いに泣いたり、怒ったり。仲直りはできなかった。
裕子の家に着くと、リビングのソファに、タオルに包まれたコンタが横たわっていた。
1週間前、コンタはマフラーの毛をのみ込んだ。病院では「猫は、毛玉も消化するから」と言われたが、どんどん弱っていった。今朝、再び病院へ行って預けてきたが、昼過ぎに病院から「呼吸が止まりました」と電話があった。コンタが毛を吐き出し始め、喉を詰まらせたのだ。
「抱いてもいい?」
裕子はうなずいてくれた。
腕の中のコンタは、ぎゅっと目を閉じ、何かを我慢しているみたいな表情だ。足が曲がらず、頭が硬くなっている。やんちゃな猫だったから、こんなにじっとしていることが不思議だった。
そのあと、わたしと裕子は、猫のかぶりものをコンタにつけて遊んだ。前は逃げ回ったから、この機会にやるぞー、と笑いながらも裕子の目から流れる筋が止まることはなかった。コンタは、だんだん穏やかに眠る顔つきに見えてきた。
時刻は午後9時。そろそろ帰らなきゃ。別れを言おうとソファのコンタに顔を近づけ、「コンちゃん、またね」と言って、ハッとした。明日の午前中には、コンタは葬儀屋によって体を焼かれてしまう。「また」はない。裕子は泣きながら、「コンタ、聞いた? ハナエちゃんが『またね』だって。ばかだねー」と笑った。
わたしは感情があふれた。コンタ、よく頑張ったね。コンタ、わたし、久しぶりに裕子の隣にいるよ。やっぱり、あんなけんかで終わる私たちじゃないよ。ねぇ、見てる? コンタ。
この小さな体の中にもう魂がいないなら、いっそのこと、幽霊でもお化けでもいいから、出てきてほしい……。そう思った。
+ + + +
1週間後。わたしは空っぽの気持ちで図書館にいた。本棚にある『ゴースト』が目に入った。
お化けが出てくる物語集。でも、怖くはない。戦後、原宿の家に住んでいた女性が幽霊になって現代の若い男性と愛し合う話。上野で車にひかれた貧乏な男性の幽霊が、育児放棄されている女の子と心を通わせる話。
お化けの存在が、心を温める。こんなふうにコンタも出てきてくれたらな。
幽霊に会いたいと思うなんて、おかしいけど。それでも、どこかでひょっこり、また会いたいものだ。
『ゴースト』
中島京子・著
朝日新聞出版 1512円
エッセイストの華恵さんが、本にまつわる思い出や好きな本を紹介します